May 05, 2008

12 コア CPU を FPGA に

堅い話題が続いているので、ちょっと休憩。

雑誌の付録の FPGA で遊んで居る。
25万ゲートとは言え、オンチップでメモリーに使えるのは 24k バイトが上限なので、ワンチップ・マイコンとして使うなら、そんなに大規模ではない。小規模な組込み制御用のマイコンとして、適当なCPUコアを入れてリアルタイムOSをインストールできないか、調査し始めた。

調査を進めるうちに、疑問が芽生えて来た。
適当なCPUとリアルタイムOSが見つからなかった訳ではない。

「ワンチップ・マイコンとしてリアルタイムOSを走らすことに、FPGAの使い方として、何のメリットがあるというのか??」と

市販のワンチップ・マイコンに比べて、FPGAにCPUコアを入れることが有利な点は、インターフェース部分を自由に作り替えることは可能な事くらいだ。それ以外は、市販のワンチップ・マイコンの方が遥かに有利だ。数百円も出せば、H8 や SH-Tiny など、FPGA の何倍ものメモリー容量を持つワンチップ・マイコンが買えるし、それらでリアルタイムOSを使って居て、何の不便も無い。
もし、インターフェースを自由に作り替えたいなら、数百円のワンチップ・マイコンに、これまた数百円で買える数千ゲート級の CPLD を付けた方が大容量FPGAを使うより安くて早い。

FPGA でなければ、実現できないような事じゃなきゃ、試しても意味が無い。

そもそも、何故、リアルタイムOSを使うかと言うと、組み込み制御のマイコンの場合、いくつかの処理を組み合わせている場合が多いからだ。プログラミング・テクニックを駆使して、複数の処理を一つのタスク上で時分割に行うよりも、リアルタイムOS上で複数のタスクに各々の処理を任せた方が楽だ。

だが、本当に「複数の処理を行うには、リアルタイムOSでマルチタスクで行う」のがベストなんだろうか?
考えてみれば、大きな前提条件として「複数のCPUを組み合わせるのは難しい」があって始めて「リアルタイムOSがベスト」と言える。

もし、「必要なタスクの数だけCPUがある」のなら、リアルタイムOSは必要ないのかもしれない。

私自身のリアルタイムOSで作ったプログラムをみると、タスクの数は概ね6〜8個迄である。もちろん、大きなプログラムで、もっとタスクの数が必要になった時もあるが、それはむしろ例外的だ。大概の場合、10個程度のタスクが使えれば、それなりに使えそうだ。

市販のマイコン・チップは、当然のことながら、1つのチップで、1つのCPUコアしかもたない。最近では、SH などでもデュアルコアのチップが出始めたが、これは極めて例外的だし、それとて CPU コアの数は2個が上限だ。

今までは 10個のCPUが必要なら、10個のマイコン・チップを接続するしかなかった。これは大変な手間である。こんな手間をするくらいなら、リアルタイムOSの方が、ずっと楽だ。

だが、FPGA だと話は別だ。複数のCPUコアを一つのチップ上に入れることなど、造作もない。実際、25万ゲートのFPGAにZ80コンパチCPUを入れた時、半分も使って居なかったので、少なくとも2つの Z80 CPU をいれることは可能だろう。

もっとシンプルな CPU なら、もっと沢山の CPU が FPGA の中に入るかもしれない。

FPGA 上にマルチコアを入れ、各々のCPUコアに一つずつタスクを割り当てるなら、Z80 よりシンプルな機能の CPU で十分だろう。割り込みも必要ない。そもそもリアルタイムOSは使わないし、また、割り込みが必要なタスクには、それぞれ専用の CPU を割り当てるからだ。

ネットで調べた結果、XILINX が 公開している PicoBlaze と言う CPU が、コンパクトで良さそうだと判った。PicoBlaze は正確にはオープンソースでは無いのだが、無料で使えるので、CPU を何個 FPGA 上に作ってもロイヤリティーの問題は無い。ただ、PicoBlaze は割り込みの機能があるのだが、これは使わなければ良いだけの話だろう。

いろいろ試して、25万ゲートの FPGA に 12個の PicoBlaze CPU を乗せることに成功した。

それぞれの CPU 間は、メッセージ・キューやセマフォにあたる機能をハードウエア的に作って接続し、データの受け渡しや並行処理の同期を行っている。まだ、共有メモりにあたるものは実装していないが、作るのは難しくは無さそうである。

各 CPU は、PCCOMP と言う専用の C コンパイラでプログラミングした。実は、この C コンパイラの癖が強いのが、最も苦労したところだ。もっとも PicoBlaze と言う CPU 自体がプログラムエリアは 2k バイトと、それなりの容量なのに、リード・ライトできるデータエリアが僅か 64 バイトと極端に少ないので、あながちコンパイラの所為とも言い切れない。

とりあえず、12 個の CPU を1つの FPGA に乗せ、何とかデータの受け渡しや処理の同期を試したと言うのが本当のところで、まだまだ、複数 CPU による複数タスクの効果を確認したところまで達して居ない。

次の課題は、少なくともマルチ CPU ・マルチタスクの効果を確認できるような使い方を試す事だと思う。

ちゃんと実用になるためには、もう少しプログラミングしやすい CPU が欲しいところだ。コンパイラとして gcc が使え、メモリーは 2k バイトでも良いから、プログラム領域とデータ領域が共用できて欲しい。MIPS のようにメジャーな CPU のオープンソースの互換コアで、割り込み等は省略しても小さいサイズのものを探すべきなのかも知れない。

もっとも、理想的な CPU が見つかって、多数の CPU を FPGA に乗せることができても、何等かの理由で、リアルタイム OS の方が使い勝手が良いと言う結論になる可能性もある。

それを確かめるためにも、頭の中で考えるだけじゃなくて、実際に試してみなきゃいけないんだよねえ。

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April 29, 2008

FPGA 再入門

昨年から大量の半田付け作業が続いている。半田付け箇所が多いのは、ディスクリートで回路を組んでいるからだ。(ディスクリートとは、単機能の IC を組み合わせてデジタル回路を作ること)
パワー制御部やアナログ部分はともかく、デジタル部は FPGA にすれば良いのに・・と友人に指摘を受けた。

FPGA とか CPLD や PLD を知っているだろうか?
IC とか LSI と言った集積回路の中身を自由に作り替える事のできる部品だ。中に入れる回路を規模が小さいものを PLD、中規模のものを CPLD、大規模のものを FPGA だと思ってもらうとイメージしやすいだろう。
(正確には FPGA と CPLD と PLD の違いは回路規模では無く、内部構造の違いである。しかし、ユーザーから見るとコンパイラが対応してくれるので、回路規模しか違いが見えない。CPU の CISC と RISC みたいな違い)

現在、半田付け作業は一段落付いているが、また、再開するかもしれない。今の間に FPGA を使えるようにしておこうと思い、試してみた。

以前は、Windows 98SE 上に FPGA 開発環境を構築していたのだが、いまさら 98SE でもあるまい。私が個人的に良く使う FPGA デバイス・メーカーである XILINX のサイトを見ると最新版は Linux にも対応していると言う。
対応 Linux は RedHat だが、Debian でも使えるようだ。早速、試すと意外と簡単に Debian Linux etch にインストールできた。昔作った FPGA ライター用ケーブルを接続すると簡単に FPGA (正確には CPLD)に書き込めた。

FPGA や CPLD を使うのも 5〜6年ぶりなので、世間の情勢が判らなくなっているので、ちょっと調べてみた。以前なら入手が難しかった CPLD も秋葉原の秋月や千石で数百円程度から買えるようになっている。

「デバイスの値段が安くなったとは言え、品揃えは昔と、そう変わらないなあ・・」と思って居たら、とんでもない勘違いだと気付いた。なんと千石で20万ゲートの FPGA が数千円で売っている。こんなものが数千円で手に入るとは・・・

こう言うことに詳しい友人に聞いたところ、ここ2・3年では、当たり前の事なんだそうだ。
うかうかしていると時代に取り残されるなあ。

5〜6年前にも10万ゲートを越える FPGA はあるにはあった。だが、何十万円もして、とてもアマチュアの手の出せるものでは無かった。それが、今では数千円で買えるほど、なっている。
一番手軽に数十万ゲート級の FPGA を試すのは雑誌の付録になっているものを使う事らしい。早速、去年のデザインウエーブを入手して試した。

雑誌付録の25万ゲートの FPGA に書き込むには自作のケーブルでは駄目で、既製品のケーブルを使わざるを得なかった。しかし、全て LINUX 上で開発環境がそろうとは頼もしい。
試しにオープンソースとして公開されている Z80 互換の CPU コア t80 を入て、シリアルポートに「Hello World」を出力するプログラムを走らせたら、ちゃんと動いた。

やはり、十万ゲートを越える FPGA は世界が違う。ワンチップ上に CPU とシリアルインターフェース、メモリーまで付けて、まだ半分しか使っていない。30年前に自作したコンピュータの何倍もの規模の回路が、この FPGA の上に乗りそうだ。
それどころか、ちょっと外部に回路を追加すれば、昔のパソコン PC-8001 くらい作れそうだ。

と、妄想しながら、ネット上を探索すると居る居る。PC-8001 に限らず、MSX とか X6800 とか、昔のパソコンを FPGA を使って再現している人が既にいっぱい居る。
誰でも考えることは同じかあ。
既に実行した人が居るんじゃ、今更やっても面白くない。何か別の事をやってみよう。

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July 29, 2007

数学ボーイ

前のコンテンツにもあるが、2ヶ月で20冊読書した。
その最後に読んだ本が、結城浩著の「数学ガール」である。20冊の読書の内、唯一小説では無い本であった。

この「数学ガール」は、高校生の「僕」と「二人の女の子」との図書館における数学についてのやり取りを軸に、数学を啓蒙する書籍である。

私は、ハンダ付けでも書いたように、高校時代に数学部に在籍したリアルな「数学ボーイ」であった。男子校だったので、数学ガールの存在は無かったが、数学好きな高校生の実態は誰よりも知っている自信はある。

そんな私が「数学ガール」を読むと、違和感がありすぎるのだ。もちろん、図書館で数学していると女の子が二人もよって来ること自体あり得ないことは、筆者も承知の上の演出であろうが、それ以外の点でも違和感がある。

まず、数学好きの男子は、一人寂しく図書館で数学することなど無い。
私の経験では、数学好きは集まって、数学教員室や数学部の活動場所(私の高校には「部室」と言うものが無く、定期的に決まった曜日の放課後に教室を借りて活動場所にしていた)で、ワイワイ騒ぎながら数学していた。

また、「数学ガール」では、一方的に、一人から一人(または二人)に教える形式を取っていたが、実際に数学好きが集まると、一方的に教えることは無い。対象となる命題に対して、誰が最もエレガントな解法なり証明なりができるかを、勝負していた。そもそも「教える」と言う行為は、既に誰かが「正しい答えや解法・証明」なりを求めている事が前提だ。学校の授業なら兎も角、趣味としての数学好きは「既に答えの出た命題」なんかには興味は無い。答えが未だ出ていない、むしろ答えがあるかどうかすら判らない命題にこそ、チャレンジする価値があると考えていた。

最後は、どうでも良いことだが、「数学ガール」では数論が中心に書かれているが、当時の私達は、数論よりも証明や幾何学など、多分野に渡って興味をしてめしていた。「多分野」と言うと聞こえが良いが、ようは手当たり次第に手を広げて居たに過ぎない。


とまあ、「数学ガール」の批判に、このような「数学好きの高校生は一人寂しく図書館になんていないで、仲間を集めてワイワイ数学しているよ」と言っていたら、逆に私の体験の方が「そんなの聞いたことが無い」と言われはじめた。
高校時代に数学好きだった友人の話では、「誰も仲間が居なくて、一人で数学していた」と言う。また、現役の高校教師に聞いたところ「自分の教える高校には数学部は無いし、周りの学校にも活発に活動している数学部があるとは聞いたことも無い」との事だった。
私は、どうも貴重な体験をしたのかも知れないなあ。

書籍「数学ガール」の話に戻るが、本を読むうちに「何故、登場人物を三人にする必要があったのか」と疑問に思っていた。一人が教える役、もう一人が教えてもらう役なら、二人で足りる。なら、何故三人も登場させたのだろうか?

事実上の最終章である第10章「分割数」を読んで、その疑念は氷解した。
この章の命題に対し、主人公である「僕」は正面突破でエレガントな解法を求めた。
それに対し賢い女の子は突拍子とも思える飛躍的な方法を用いた。
もう一人の女の子は、余り賢くないが、地道な方法で解いた。

結局、正面突破でエレガントな解法を求めた「僕」だけが、命題を解けず、残りの二人が正しい解を導き出した。

なるほど、登場人物の三人は、数学の命題に対するアプローチの象徴であったのか!

確かに、「正面突破でエレガントな解法」は、理想的だ。だが、答えが求まらなければ、理想もエレガントも無い。
飛躍的な方法は、天才的な発想が必要だ。また、エレガントと言えないような場合も多い。
賢くない方法は、エレガントじゃない。でも、答えが出るなら、「理想的・エレガントでも答えが得られない方法」より、ずっとましである。

これらの方法の内、どれを選ぶのか、それが、葛藤でありジレンマだ。

この葛藤に共感できず、「答えが同じなら、同じようなもんだ」と言う人は、数学を理解しているとは言いがたい。

高校時代の私も、このジレンマに何度と無く突き当たった。

大学進学後、私は、数学から離れ、物理や工学に興味の対象を移していく。数学から、より俗世的な対象に移った訳だ(「宇宙」は、じゅうぶん俗世的では無いと言われるが)。
数学部の友人たちも、皆、数学以外の道を進んだ。

今の私なら、「余り賢くないが、地道な方法」に傾向しがちだ。

だが、数学の理想境を忘れはしない。
あの若く、青臭く、理想を語り合った日々を。

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読書

E098ここ2カ月ほどの間に、約20冊の本を読んだ。20冊は、小説など活字主体の本だけの数で、漫画や雑誌は含まれて居ない。漫画や雑誌を入たら、倍の40冊を越えるであろう。
また、20冊は、新たに読んだ本だけの数で、昔読んだ本を再び読み返したものも含まれて居ない。20冊の大半は文庫本だが、ハードカーバーの厚い本も何冊か含まれて居る。結構な分量と言えるだろう。

学生時代は兎も角、社会人になってから、これ程の本を読んだのは初めてだ。学生時代は、手当たり次第に本を読んでいた。しかし、この方式だと当たり外れが大きく、時間の無駄になりかねない。時間の余裕のある学生時代だからできた方法だ。
最近は、時間が大切なので、確実なジャンルや作者に限って読んでいた。しかし、作者が高齢になったり、脂の乗り切った状態から外れたり、ジャンルそのものが衰退したりで、読む本が少なくって居た。
今回、読んだ20冊は、本の批評家として確実な人達(プロ・アマ両方)から推薦してもらった本を読んだ。作家の全部は初めて読む人だし、ジャンル的にも新しいものが多かった。

読書は、主に通勤や出張時の電車の中で行った。元々無駄になる時間に読書したわけだから、読書が時間の無駄になったわけではない。だいたい、仕事上でもプライベートでも忙しく、頭を休める意味で読書を始めたのだが、さすがに、このペースは速すぎたようだ。読書自体は、電車の中でも、本の中身とか考える時間が増えて、かえって疲れてしまった。

特に、今回は新しい作者やジャンルの本を読んだので、最近の傾向とかジャンルの枠組みとか考えることが多かったように思える。
まあ、読書も良いのだが、疲れるので、秋までは、しばらく読書はお休みとするつもりだ。

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May 31, 2007

ハンダ付け

E092ちょっと作るものがあって、連日帰宅後にハンダ付けを行って居る。回路規模が大きいので、水城君と手分けして居るのだが、それでも量が多い。今のペースで続けても後一週間はかかりそうだ。これだけ大量の半田付けを行うのも久しぶりだ。

私の電子工作歴は、小学校の時代までさかのぼることができるが、本格的な製作は高校1年から2年にかけての春休みからだ。それまでは、キットや雑誌の製作記事を真似ることが精々だった。

高校1年の正月にもらったお年玉を全額使って、8bit CPU の 8080A と 1k バイト分のメモリ IC (2102 を 8 個)買ったのが本格的な電子工作の始まりだった。なお、私の買った 8080A は、インテルのものではなく、AMD 製のセカンドソース品だった。また、買った店は「信越電機」と言い、現在の秋月電子通商の前身である。

当時のトラ技やインターフェース誌には、6800 を使った記事はあったが、8080A を扱った記事は少なかった。しかし、高校生の経済力では、6800 は高価で購入できず、8080Aそれもセカンドソースが関の山だった。
雑誌の製作記事通りに作ることは諦め、オリジナルの回路を設計することにした。もちろん、多くの雑誌の製作記事を参考にし、それらを寄せ集めたような回路だったが、それでも世界で一つのオリジナル回路であることは違いなかった。今考えれば、メモリの読み出し書き込みタイミングなど、計算してないに等しい酷い回路設計だった。
この時、オリジナルの回路を設計して、部品レベルから作って本当に良かったと思う。お金が無かったから仕方なくやった事だが、自分で設計し製作したものが動いた事で、自信を得ることができた。

回路製作は、春休みに行ったが、半田付けの量が多くて、結局春休みを大幅に逸脱して計3週間かかった。この時、私だけでは終わらず、父にも手伝ってもらった。
父には色々とコツを教わり、また、ルールを決めたりした。例えば、IC の向きは全てそろえる。コンデンサーの数字は上下が合うように並べる。電源のプラス側は基板の上(向こう側)に、グランド側は下(手前側)に配置する。電源プラスを赤い配線、グランドを黒い配線にするのは当然として、アドレスラインは青線、データは黄線、それ以外の信号線は緑または灰線にする。基板の左から入力され右に出力されるように配置、もしくは左側にCPU、右側にメモリ、更に右側に IO と言う順に並べる。アドレスやデータラインは、基板の下(手前側)に最下位ビット、上(向こう側)に最上位ビットが来るように並べる。
こう言ったルールを決めることで、何か不具合があった時にエラーが発見しやすくなる。これらのルールは、30年経った現在でも守っている。

このコンピュータは奇跡的にも動作した。時期的には、TK-80 発売のすぐ後、また、スティーブン・ジョブスやビル・ゲイツに遅れること、僅か2年程度だったようだ。東洋の一高校生としては善戦したと言えるだろう。

半年後、16進キーとLEDを付加したコンピュータを私の属する数学部の展示の中で出展した。

数学部と聞くと、マイナーで暗いクラブをイメージするかもしれない。しかし、うちのクラブは「明るい数学」がモットーで、私がコンピュータを出展する前の年、高校1年の時の文化祭では、全校生徒の出し物中、最優秀賞を取ったくらいだ。この年の文化祭で、数学部を越える人気を博したのは、既にプロであった小田和正(当時はオフコース)のライブコンサートだけだった。数学部のようなマイナーと思われるクラブが、小田和正と人気を競い合ったと言うと信じられないかもしれないが、事実なんだからしょうがない。

高校2年の時の文化祭に出展した我がコンピュータは、対人オセロを行った。メモリが1キロバイトしかないので、256バイトで表示プログラム、512バイトでオセロプログラム、残り 256バイトがデータエリアに使った。プログラムはもちろん全てハンドアセンブルの機械語だ。今考えると、よくそんなプログラムを作ったものだと思うが、人間相手に、それなりの成績を残した。当時は、オセロに限らず、コンピュータとゲームを対戦すること自体、極めて珍しかった。

この年の数学部の展示は、2年連続の最優秀賞こそ逃したが、そこそこの人気は博したようだ。
なんと、文化祭の終わった後の帰宅時、隣の女子校の生徒に駅で待ち伏せされて花束をもらったのだ。
私は数学部の副部長だったので、それなりに目立って居たらしい。
中学高校の6年間男子校に居た私にとって、中高時代の唯一の甘い思い出である。これがマンガや小説なら、恋に発展するのだろうが、現実はそうはいかない。残念ながら、後日談は一切無い。

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January 14, 2007

digitalback

E0811以前から、いつかは出るだろう出るだろうと思って居るのに中々出ないのが、デジタルバックだ。
イラストに描いたようにフィルムカメラの裏蓋を外し、代りに CCD を付けたらデジタルカメラになる・・・そんな製品ができたら大喜びで買う人が大勢いそうだと思うのだが、一向に商品化されない。

全くデジタルバックが無い訳ではないが、存在するのは大判・中判カメラ用とライカR8/R9 用のデジタルバックだけで非常に高価だ。
だが、イラストのように、汎用的に色々なカメラに装着可能なデジタルバックなら、低コストにできると思うのだが、どうなのだろう。

E0812世の中に数多く出回って居るフィルムカメラのほとんどは 35 ミリフィルム用だ。だから、35 ミリフィルムと同じ大きさの画像素子を用意して、フィルムと入れ替えれば良い。ほとんどのカメラはフィルム交換用に裏蓋が開くようになって居る。この裏蓋を外せば、フィルムの代りに画像素子を付けることは容易い。画像素子とコントロール用の電子回路をワンパックにし、一種類だけ用意すれば、カメラのメーカー/機種毎に裏蓋と置き換わるようなアダプターを用意するだけで汎用的に使える筈だ。(マニュアルフォーカス時代のタムロンの交換レンズのマウントと同じだね)

そもそもフィルムカメラの裏蓋が外れないと交換しようが無いが、少なくとも私の持って居る一眼レフカメラは全て裏蓋が外れる。写真の左からニコン F4、F3、FE2、オリンパス OM-2N だ。これらのカメラは裏蓋を交換して、フィルムに日付や撮影データ等を写しこむオプションや長尺フィルムを付けるたりためのものだ。

E0813残念ながら、バルナック型ライカは裏蓋が外れないどころかボディーは筒状の一体構造(写真は本物のバルナックライカではなく、コピーのゾルキー)なので、どうしようもない。

しかし、M 型ライカは、下の写真のようにフィルムの部分が外れるので、比較的簡単に画像素子を付けられそうだ。(写真はライカ M3。これは私の所有品ではなく、友人のもの)

画像素子は、35 ミリ・フルサイズが良いに決まって居るが、APS-C でも良い。これを機種毎に裏蓋と置き換えられるアダプターを介してカメラに接続すれば良い。シャッターが開くタイミングがデジタルバックに伝わらなければならないが、F3 や FE2 などは日付などを写し込むタイミングを知らせる信号が出て居る。

E0814フルメカニカルの M 型ライカに電子的な接点など存在しないが、シャッターが開いた時の明るさや、シャッター音、フィルムの穴(パーフォレーション)を送る部分(スプロケットギヤ)をセンシングするなど、方法はいくらでもあると思う。
露出は画像素子の感度を ISO 100 なり 400 にしておけば、カメラ側で絞りとシャッター速度を合せれば良い。
画像データをメモリーカードに記録しておけば、デジタルカメラそのものである。

こんなデジタルバッグがあれば、結構使う人は居ると思うのだが、どうなのだろう?
このアイデア、数年前に思い付いたのだが、誰でも思い付くものだし、直ぐに商品化されるだろうと思って、あえて書かなかった。しかし、一向に商品化される気配も無い。技術的に問題があるとも思えないし、コスト的にもデジタル一眼レフが数万円であることを考えると、それよりも安くはなりそうだ。

どうも各メーカー、新規のデジカメ開発には積極的でも、こう言った古いカメラを活かすものには興味がないようだ。

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December 23, 2006

水彩画

E078半年ほど前から、時々水彩画を描いて居る。
このブログを見た人から、「なかなか味がある絵だ」と、おほめの言葉をいただいたのが、水彩画を始めたきっかけだ。

「水彩画なんて、小学生のころからやっている」となめてかかったのがいけない。
意外や意外、大苦戦を強いられて居る。
家族からは、「建物は良いが、樹木はプラレールの玩具の木なみ」と酷評されている。

当然の事だが、透明水彩絵具は下の色が透けて見える。そのため、重ね塗りをしても色は濃く暗くなることはあっても、薄く明るくなることは無い。
だから、明るい部分や光を反射して輝いている箇所は最初から明るい色にするか、白く残しておかなければならない。これが上手く行かない。

普段、ブログの絵を描いている Zaurus では、何度でも描いたり消したりできる。「ヘタウマな絵の描き方」で紹介したように、まず陰影の無い「塗り絵」的な色の塗り方をする。このままでは平面的なので、明るい部分や陰になる部分を作って立体的にしている。

ところが、水彩画では、こうならない。少なくとも白や明るい部分は一発勝負である。

水彩画の場合、色を塗る前に、どの部分が明るいか輝いているか、どの部分は暗く影にするかを決めていなければならない。つまり、頭の中で、絵が既に立体的にできあがっていなければ、色を塗り始められない。

その上、塗った場所は、すぐに乾く訳ではないので、同じ箇所を続けて重ねたり、隣接する場所を塗ったりできない。時間を節約するためには、塗る場所をあっちいったり、こっちいったりする。

つまり、水彩画は、頭の中で「まず絵の全体像を作り、その上で乾く時間を考えて塗る順番を最適化する」を行う物凄い頭脳プレーが必要なのだ。

また、一口に水彩画と言っても色々とスタイルと言うか流儀があるらしい。
例えば、下書きや輪郭線ひとつでも、耐水ペンで強く描くやり方から、鉛筆で可能な限り薄くして物の形状は陰影で表現するやり方まである。色の塗り方も、少ない色数の絵具を交ぜるやり方、パレットで交ぜずに紙の上で重ねるなど、色々である。

書店や図書館に多数出ている水彩画の本を見て、色々と試しているが、未だに自分にあったスタイルを見つけるに至っていない。

そもそも、水彩画を描く機会が少ないので、なかなか上達しない。
水彩画を描く頻度が低いのは、携帯性と場所と時間だろう。

今使っている水彩画の用具は、固形型の透明水彩絵具と水筆、小型のスケッチブックで、携帯性を考えて購入した物だ。水彩画の用具としては携帯性が良いとは言っても、Zaurus ほどコンパクトでも無い。

その上、水を使う事から、どうしても絵を描く場所や機会が少なくなってしまう。Zaurus の場合、水を使う必要が無いので、通勤の電車の中でも描ける。慣れてくると、立って吊り革に掴まったままでも絵が描ける。

水彩画は水を使うし、万一絵具を散らしたりしたら迷惑なので電車の中で描く訳に行かない。スケッチする時は、どうしても一箇所に座り込んで描くことになる。

また、絵具が乾くのに時間がかかるので、一枚描くのに数時間かかってしまう。(これは私が水彩画に慣れていないせいもある)

そんな訳で、どうしても描く回数が少なく、一向に上達しない。Zaurus で描く絵はブログで公開して居るだけでも月に数枚、公開して無い分も入れると、その倍は描いて居る。
それに比べ、水彩画は数カ月に一回くらいしか描かないので、上達が遅れて当たり前だ。

上手く描けたら、スキャナで読み込んでブログにアップしたいと思うのだが、いつになるか判らない。

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November 21, 2006

スランプ

E074スランプである。
11月18日の土曜日は、快晴で風もなく、絶好の飛行日和であった。
もちろん、早朝から、模型飛行機を飛ばしに行ったのだが、どうにも調子が出ない。

飛ばした機体は、スパン 45 センチのビーグルⅡ世号である。

前回は 24センチプロペラでゴムが多すぎたので、21センチのプロペラに戻した。直径は以前と同じでも、新たに作り直した新作の 21 センチの折りペラである。
ゴムの量は前回より少ない。が、以前、21センチ・プロペラを使って居た時より、2割ほど多めにした。(後から考えると、これが良くなかった)

主翼は、「への字翼」と「ジェデルスキー翼」の二つを交互に飛ばした。

ところが、飛ばない。
動力飛行時に勢いがないばかりか、モーターラン時間が短い。ゴムの量を増やしているのに、これはどうした事か?

滑空は、「への字翼」と「ジェデルスキー翼」とも安定して居るようだが、そもそも高度が十分に取れて居ないので、満足に滞空時間を延ばすことができない。

結局、何度も飛ばしたにもかかわらず、最高タイムが、14秒台と言う惨めな結果に終わった。

後から判ったのだが、量を増やし長めにしたゴムは、胴体内部でトグロを巻いて、それが細い胴体内部壁に引っ掛かり、ゴムが解けるのを防いでしまったようだ。
ビーグルⅡ世号の胴体の内径は 18mm しかなく、それが原因だ。同じく胴体では、ゴムのフック間の距離が 215mm と余りにも短い事も問題になっている。

どうも、最近、スランプ気味だ。
折りペラを新造した辺りから、ダウンスパイラルに入って居るようだ。
プロペラを強力にした分、ゴムを増やそうとした事が、今度は胴体の細さとフック間の短さと言う問題を露見させた。
胴体を、25mm 程の内径に太くし、フック間を 350mm 程度にすれば良さそうだが、そうすれば、また他の悪い点が露見するかもしれない。
そもそも、ビーグルⅡ世号は、狭い場所で飛ばせるように設計したはずなのに、それをスポイルしているのかもしれない。

どこかで、このスパイラルを断ち切らなければ行けない。
だが、一方で、ゴムを増やすとか胴体を太くするとかと言った何かをしなければ、スランプを脱しないような気もする。
どっちが、正しいんだろう。

悩んでいること自体が「スランプ」そのもののような気もする。

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November 04, 2006

デジタル一眼レフカメラ

E071もうデジカメが普及し、カメラメーカー各社の主力が、フィルムの一眼レフカメラからデジタル一眼レフに移って何年にもなる。
だが、どうしても欲しいと思えるデジタル一眼レフが無く、わが家の主力は相変わらず 20 年以上使っているマニュアルフォーカス・フイルムカメラのニコン F3 である。デジカメは、高倍率ズーム付きコンパクト機のパナソニック DMC-FZ1 だけだ。

私の場合、デジタル一眼レフは、F3 の置き換えを考えてしまうので、F3 と比べてしまう。20 年以上前とはいえ、F3 は世界を制覇したカメラである。ちゃちな入門用デジカメでは、どうしても見劣りしてしまう。特にファインダーの差が大きい。どうもデジタル一眼レフは画素数のようなカタログ数値ばかり重視して、ファインダーのように本当に重要な部分を軽視したように思える。

ところが、ここに来て、状況が変わって来た。
昨年末に出た D200 は、初めてファインダーを良くしようと言う努力が見られるデジタル一眼レフだ。もともと CCD サイズが小さいため、フィルムのF一桁に比べると見劣りするが、それでも今までのデジタル一眼レフに比べ、遥かに良い。(フルサイズ CMOS のキャノンならファインダーも大きく見やすい筈なのだが、それほどと思えないのは何故だろう??)

その上、D200 は、マニュアルフォーカス用レンズでも使えるようになって居る。今まで F3 用に買い揃えたレンズが使えるのは嬉しい。

ただ、D200 は、ちょっと大きく重いのが惜しいな・・と思って居たら、D80 が出て来た。D200 のファインダーは、そのままに小型軽量化されたカメラだ。ただ、D80 はマニュアルフォーカス・レンズ用のインターフェースが省略されて、使えなくなって居るのが痛い。

とか、思って居たら、カメラ雑誌の今月号を見て驚いた。フォトキナ(ドイツで行われるカメラの祭典)が行われたため、その速報の中に目を引くカメラが入って居た。

一つは、フジの S5 Pro だ。なんと D200 の筺体の中にフジ得意のスーパーハニカム CCD が入って居る。ダイナミックレンジの広いスーパーハニカム CCD は、発色が違うとのこと。D200 にベルビアを入れたようなものになるのだろうか!?
それなら、欲しくなってしまう。願わくば、S5 Pro でもマニュアルフォーカス・レンズ用のインターフェースが省略されていないこと・・だ。

ちなみに今月号の「月刊カメラマン」には、各社のデジタル一眼レフカメラと各種フィルムで紅葉を撮り比べて、度の写真が、どの機種/フィルムかを当てるクイズがあったが、私はベルビアだけは一発で判った。もっとも、他の機種/フィルムは判らなかったが。とは言え、妻も一発でベルビアだけは判ったから、やはりベルビアの発色と描写は別格なんだろう。
その記事を見ると、デジタル一眼レフは、まだまだベルビアのようなポジフィルムには勝てないんだと思った。S5 Pro は普通のデジカメよりは良いのだろうと思うが、どこまでベルビアに迫ったのだろうか?

もう一つの驚きは、オリンパス E400 だ。
以前、OM-2 のときに、「オリンパスには粋のあるカメラを望む」と書いたが、写真で見る限り E400 は、OM シリーズのような「粋のあるデジタル一眼レフ」になって居るようだ。
残念ながら E400 はヨーロッパ専用で、日本国内での発売は予定されて居ないそうだが、日本でも発売して欲しい。その時は、是非、「OM-4D」のように、OM ナンバーを復活してもらいたいものだ。(ペンタックスが、K ナンバーを復活して居るのだから、OM の復活もありだろう)

同じフォトキナでも、M8 や DMC-L1 とかには、興味が持てなかった。この辺、期待して居ただけに、逆に失望の方が先に出た。(フジやオリンパスは、予想できなかったため、驚きが大きかった)

う~ん、だいぶ欲しくなって来たぞ。

・・・と思って居たら、何故か、フイルムカメラの家族が増えた。重厚長大・超高性能の塊のようなカメラが・・

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November 03, 2006

ゴム破断

E072今朝は、久々に模型飛行機を飛ばした。9月10日以来だから、2ヶ月近くぶりの飛行になる。
9月下旬から10月中旬は、台風が来たり、集中豪雨があったりで、模型飛行機を飛ばす天候ではなかった。
10月下旬からは天候も良くなったのだが、体調が悪く、飛ばす気にならなかった。
今朝は、体調も回復し、天気も良かった。実は、風は、そんなに弱くは無かったのだが、余りに長い間飛ばさなかったため、欲求不満気味だったため、飛行に踏み切った。

さて、前回の飛行記録を見れば判るが、今回はビーグルⅡ世号のゴムの量を色々変えてテストすることが主な目的である。新たにゴムを買い込み、数種類の量を予め切りとって準備しておいた。

まずは、前回よりも、33.3%増加したゴムの量からスタートした。

ゴムを巻くと、明らかにトルクが強い。スチレンペーパーの胴体で強度がもつか、不安になるほどだ。
最初は少なめに巻いて様子を見た。やや、失速気味の滑空だったので、二回目は主翼後端にカイモノを挟んだが、今度は動力飛行中に下を向きすぎる傾向を示した。

三回目のゴムを巻き始めた時に、ゴムが切れていることに気が付いた。二回目の飛行の際には既に切れていたのか、三回目の巻き始めてから切れたのかは判らない。

だが、まだ、ほとんど巻いて居ない時に気が付いたので大事には至らなかった。
イラストでは、「プチッ」と音がしてゴムが切れたように描いてあるが、実際に音がするほどの状態でゴムが切れたら、ただではすまない。完全に巻き込んだ状態で、ゴムが破断したら、スチレンペーパーの胴体など、跡形もないほど木っ端微塵に砕け散るだろう。

たった三回しか巻いていないゴムが切れたのは、初めてだ。テストとして一回か二回は巻いたかも知れないが、たかが知れている。とにかく、買ったばかりのゴムが切れたのはショックだった。

今までのゴムは、秋葉原のアサミで買っていた。だが、アサミが閉店したため、今回のゴムは、都内の超有名 DIY ショップで買ったものだ。同じユニオン製のゴムである。
アサミは、有名な模型飛行機専門店なので、品物の回転が早い。だが、超有名とは言え DIY ショップの片隅に置いてあったゴムは、長い間放置されていたものかも知れない。そのため、ゴム自体が劣化していた可能がある。

今朝、色々な量に切り分けてゴムは、どれも同じゴムの束から切り出したものだ。だから、最初のゴムが劣化していたなら、他のゴムも劣化しているだろう。危険なので、今朝は僅か二回しか飛ばさなかったが、飛行を中止した。

どうも、ビーグルⅡ世号もゴムの量も増えてきた事だし、真面目にゴムの管理をしないといけないような気がしてきた。TAN2 のような、ちゃんとしたゴムを使って、張力や巻き数やトルクなど管理する必要が出てきたのかもしれない。

とは言え、ビーグルⅡ世号のスチレンペーパーの胴体には、これ以上強力なゴムを入れるのも恐い。
そもそも、プロペラ径を 21 センチから、24 センチに増やしたのが悪かったのか?
同じ 24 センチなら、ブレードをプラスチック製ではなく、バルサ製などに改めるべきなのか?

久々に飛ばしたら、飛ばしたで、色々と悩む模型飛行機である。

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September 12, 2006

折りペラを作る

E068ジェデルスキー翼も一段落したので、新たに折りペラを作ってみた。

写真の一番左は、今まで使っていた直径 21 センチの折りペラである。
真ん中は、新たに作った直径 24 センチの折りペラで、右端は直径 27 センチの折りペラ(ブレードのみ)である。
写真を見れば判ると思うが、これら新たに作った折りペラは、市販の空転ペラから作った。

試しに、実際にゴムを巻いて回してみると、直径 27 センチの折りペラは如何にも大きすぎる。ゴムの力が足りずにヨタヨタと回るのだ。その上、重すぎて重心位置が前になり過ぎ、調整が不可能だった。
それに対し、直径 24 センチの折りペラは、ちゃんと回転しているようだし、重心位置の移動も調整の範囲であった。
21 センチのプロペラより、直径が増えている分だけ、回転している時間が長い。モーターランしている時間が長ければ、滞空時間も延びるだろう。それが、今回、新たに折りペラを作った目的である。

そこで、先の週末(日曜日)に、まずは直径 24 センチの折りペラで、テスト飛行を行った。

とっても良く飛んだ・・と言いたいところだが、それでは捏造になる。

実際は、あまり飛ばなかったのだ。
プロペラは、それなりに回っているようだが、勢いが無い。
やっとこ・さっとこ上昇しているだけだ。モーターランの時間が延びても、上昇率が悪くなっているので、高度が無い。従って、滑空時間が極端に減り、全体として滞空時間は短くなっている。

わずか 3 センチ直径を増しただけでもプロペラの影響は大きいんだなあ。
結局、プロペラの大きさを増しただけでは駄目で、ゴムの量を増やさないといけないんだなあ、当たり前だが。

ゴムの量を増やすとして、恐いことが一つある。
ビーグルⅡ世号の胴体は、1 ミリ厚のスチレンペーパーを 2 枚貼り合わせただけのチューブ構造である。
一体、ゴムを増やして、その張力に、どこまで耐えられるだろうか?

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September 04, 2006

またまたまた、ジェデルスキー翼

E067週末の朝は、またまたジェデルスキー翼を付けたビーグルⅡ世号を飛ばしに行った。
主翼の歪みを修正してあるので、良く飛ぶようになった。
垂直尾翼の大きさなど、色々と手古摺ったビーグルⅡ世号だが、やっと安定して飛ぶようになった。

元々、狭い場所で飛ばせるようにゴムを少なくしているので、滞空時間は短い。設計の通りなのだから、当たり前なのだが、飛ぶようになってくると「更に更に飛んで欲しい」と欲が出てくるから、困ったものだ。
もう一つの設計目標の「風に強い」も、それなりに達成できたようだ。以前のビーグル号は軽すぎて、本当に無風でないと飛ばなかったが、今回のビーグルⅡ世号は微風程度なら平気だ。もちろん、ゴム動力機だから、あまり風が強いと飛ばせないのは仕方がない。

ジェデルスキー翼の効果は、まだ判らない。安定して飛ぶのだが、比較のため一緒に持って行った「への字翼」も安定して飛ぶ。
「心もち、ジェデルスキー翼の方が安定した滑空をする」気がするのだが、「自己暗示だろう」と言われたら否定できない。
滞空時間の計測結果では、数秒だけジェデルスキー翼の方が長い。だが、サンプル数が少ないので、統計上の誤差に埋もれてしまうレベルでしかない。
まあ、気長に様子を見るか。

まだ、暑さの残る河川敷でも、青空の下で模型飛行機を飛ばすのは気持ちが良い。
でも、風に流されれ夏草の茂る土手に落ちた模型飛行機を取りに行ったら、前の晩に降った雨で濡れていた夏草のせいでジーンズから靴、靴下に至るまで、ビショビショになってしまった。

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August 27, 2006

またまた、ジェデルスキー翼に挑戦

E066145センチ級ゴム動力機「ビーグルⅡ世号」にジェデルスキー翼を作った。
以前、50センチ級ゴム動力機「ビーグル号」にジェデルスキー翼を作ったのが、ここここに紹介している。
これらを見れば、以前、作ったジェデルスキー翼は、作るのが大変な上、強度不足なわりには、簡単な「への字翼」に比べ、決定的な優位性が見出せなかった。
だが、少なくとも揚力係数の向上など、高性能な翼型の片鱗だけを見たように思えた。

あれから、ジェデルスキー翼をあきらめた訳ではなく、今回、再び挑戦した。

前回のジェデルスキー翼の最大の欠点である強度不足を解消するために、スパー(桁)に 1.8ミリ径のカーボンロッドを使った。

E0662以前のジェデルスキー翼は、左右別々に作り最後に接合したが、今回作ったジェデルスキー翼は、展開した形状を、一枚のスチレンパーパーから切り出している。
ユニオンから購入できる 0.5ミリ厚の 500ミリ×280ミリのスチレンペーパーから、ちょうどジェデルスキー翼の展開形状が切り出せる。と言うより、最初から、一枚のスチレンペーパーから展開形状が切り出せるような大きさに「ビーグルⅡ世号」の大きさを決めたと言っても過言ではない。

できあがったジェデルスキー翼は、 7.5グラムであった。同じ大きさの「への字翼」が 5.8グラムだから、1.7グラム重くなっただけである。

早速、今朝飛ばしに行った。(昨日の土曜日は、朝のうち雨だった)
カーボンロッドを使ったスパーのおかげで、強度は十分のようだ。むしろ、「への字翼」よりも剛性が上がっている。
時間があれば、十分に調整したのだが、今朝は息子が作った45センチ級「新ライトプレーン」の飛行がメインだった上、風が出てきたので、ジェデルスキー翼のテスト飛行は僅か3回のみだった。
安定して飛ぶのだが、滑空時の左旋回が急過ぎる。

「また、垂直尾翼の大きさを調整しなければならないかなあ」と思っていたが、帰宅後調べてみると、左翼がねじり下げの状態で歪んでいた。早速、歪みを修正する工作を行った。次回の飛行が楽しみである。

今後は、時間をかけて、十分に調整しようと思う。新しい機体なり翼なりを作っても、安定して飛ぶようになるまで、数週間から数ヶ月は必要だと言う事が、良く判ってきた。
現状では、ジェデルスキー翼の決定的な優位性は見出せてはいないが、しばらく熟成させて様子を見たいと思っている。

ところで、本編とは全く関係無いが、今朝、いつもの河川敷に行く途中でロータス・エランを見た。クーペタイプのエランだった。走っているエランを見たのは久しぶりである。
と思っていたら、帰宅時は、カニ目のヒーレーを見た。こっちは、もちろんオープン2シーターだ。
どうしちゃったんだろう。なんかのイベントでもあったのだろうか?

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August 06, 2006

やっと飛んだか・ビーグルⅡ世号

E064_1応急修理をした胴体後部を作りなおし、垂直尾翼の面積を小さくしたビーグルⅡ世の飛行を行った。

小さく作りなおした垂直尾翼を見た時、「ちょっと小さくしすぎたかなあ」と思ったのだが、この予感が当たってしまった。

土曜日の朝、試験飛行を行った。手投げによる滑空は文句の付けようがないほど良かった。
しかし、ゴムを巻く程、上昇時に安定しなくなった。以前の「カットアンドトライ」の時は、あまり巻き込まなかったため、この傾向が確認できていなかったようだ。
どうも、垂直尾翼が小さすぎる。野尻さんの言うように「垂直尾翼容積比は小さすぎると動力飛行中に暴れ、大きすぎると滑空中に暴れました」との通りになった。
あと、5ミリ、垂直尾翼の高さを高くすれば良かった。

今朝、つまり日曜日の朝は、垂直尾翼を作りなおした。即席で作りなおしたので完全では無い。元の垂直尾翼を切り取り、3通りの大きさの垂直尾翼を用意して、両面テープで貼り直すようにした。

飛行の結果は、効果抜群であった。わずか垂直尾翼を5ミリ高くしただけで、ゴムを巻いた上昇時の安定性は全く違う。まるで吸い込まれるように真夏の青空を登っていく。

ようやく、ビーグルⅡ世号も飛ぶようになったようだ。
ちゃんと調整すれば、相当飛べそうな予感がする。と、思っているうちにワインダーを壊してしまった。針金一本あれば直せるのに、それを持っていなかったので、今朝の飛行は終りとなった。

それでも、やっとビーグルⅡ世号は飛ぶと言えるようになった。そこで、遅ればせながら、設計図を公開する。

ビーグルⅡ世号設計図
作り方が詳しく載っているわけではないが、スチレンペーパーの部品は全て展開図付きなので、作るのは難しく無いと思う。
その内、「ヘタウマ」の絵で作り方の解説でも描こうかと思っている(時間ができたら)。

なお、私はプロペラに直径21センチのユニオン製折りペラを改造した折りペラを使っている。(このコンテンツ参照
直径21センチ前後の普通のプラスチック空転プロペラも使えると思うが、その場合、ちょっと垂直尾翼を大きくした方が良いと思う。
また、PDFを印刷するとき、拡大・縮小されないように注意すること。

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July 24, 2006

蒸気機関車

E064昨日(7月23日)、宇宙作家クラブの例会と言うことで、成田ゆめ牧場の敷地内にある羅須地人鉄道協会に、また行った。タイタンパーで紹介した場所である。

今回は、保線工事ではなく、運転を体験するために行ったのである。

石炭に火を付け、ボイラーで湯を沸かし、蒸気を上げるところから始めた。常温の水の状態から、機関車が走れるまで、2時間くらいかかる。2時間と言うと相当時間がかかるように思えるが、羅須地人鉄道協会の機関車は小さいので早いほうだそうだ。国鉄時代の蒸気機関車だと、まる一日かかるそうだ。

蒸気圧が上がると、運転体験である。
蒸気機関車の運転は思いのほか簡単で、操作するのは「ブレーキ」と「前後方向を決める逆転器」と「スロットル(シリンダーに送る蒸気の圧力を調整するレギュレーター)」だけだ。ガソリンエンジンの自動車のようにクラッチやミッションのように複雑な操作は必要無い。これは蒸気機関の回転数に対するトルクの特性が、低回転ほどトルクが高いという理想的な特性だからだ。

前進方向に逆転器を操作し、ブレーキを外し、スロットルを操作すると出発だ。
いや、一つ忘れていた。出発の合図に「汽笛」を鳴らすのだ。

汽笛を鳴らして出発する。
カーブや上り坂下り坂に合わせて、スロットルを調整する。踏切前では、汽笛を鳴らす。
橋を越えたら、もう一周だ。
ぐるっと一周するのが、アッと言う間だ。
これは楽しい。

自分の順番が終わると(私は子供なもんだから、いの一番で運転した)、他の人が運転する間、客車に乗っている。
野尻さんや笹本さん、松浦さん、あさりさん、小林(伸光)さんなど、いつものメンバーと話が弾む。
「模型飛行機の垂直尾翼容積比が、どうたら」とか
「八谷さんのメーヴェって、きれいに飛ぶんだよ。こんどスキー場か何処かで御披露目飛行をやるみたいだよ」とか
「(指さしながら)このへんを小川(一水)くんとタイタンパーしたんだ。小川くんも来れば良かったのに」とか話した(ブログの話題ばかりだなあ)

皆が運転し終わると、火を消し、湯を抜き、掃除をする。

いやあ、楽しかった。

将来、こんなノリで素人が集まってロケットを打上げられるようになったら良いなあと思った、本当に。

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July 23, 2006

水に沈んだ我が飛行場

E063九州、西日本で猛威をふるっている梅雨前線だが、一昨日まで関東地方でも大雨だった。

で、いつも模型飛行機を飛ばしている江戸川でも増水しているだろうなあと思って見に行ったのが、写真である。昨日(7月22日)の昼間に撮った写真だ。

4月のコンテンツと同じ場所を撮ったものだが、見事に河川敷が沈んでいる。いつもなら週末に模型飛行機を飛ばしている場所だ。

ところで、この写真、新調したPHS 京ポン2で撮った。
購入前にネット上で調べてみると京ポン2のカメラは不評だった。特に空の色が悪いらしい。写真を見ると、本当に写真左の空の色が変だ。

京ポン2を作った京セラは、元々ヤシカ、つい最近まで超名門コンタックスのブランドでカメラを販売していたではないか。それを知っているもんで、どうしても期待してしまう。
もちろん、携帯電話/PHSを作っている部門とカメラを作っていた部門では違うのかもしれない。
それにしたって,もうちょっとカメラを良くしたって良いと思う。

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July 15, 2006

エアロソアラ

E061今日、アマゾンからダンボール箱が届いた。ほとんど空じゃないかと思えるくらい軽い箱だった。
覚えが無いので、ともかく開けてみて驚いた。「エアロソアラ」と言うラジコンならぬ赤外線リモコン式の超小型模型飛行機が入っていた。
そういや、ずいぶん前に予約注文したのを、すっかり忘れていた。

元々、エアロソアラは、今年の2月発売予定だった。
私の息子は、2月生まれなので、誕生日プレゼントにとアマゾンに注文しておいたのだった。

ところが、エアロソアラの発売は、何回も延期された。それが、半年遅れで、やっと発売されたようだ。

今、ネットで調べたみたら、「エアロソアラの発売は、7月15日」とあった。
今日ではないか!?
どうやら、私は発売日当日にエアロソアラを手に入れた幸運(?)に当たってしまったようだ。

時期外れの誕生プレゼントだが、息子は大喜びだ。
すぐに飛ばしてみた。

超小型の模型飛行機なので屋外では飛ばせない。八畳の部屋なら、周回飛行ができるとあったが、本当にできる。ただ、8の字飛行となると、もう少し広い部屋が欲しい。

狭い部屋の中で飛ばしていると、蛍光灯のスイッチの紐にぶつかって、墜落したりする。発泡スチロール製なので、危険も無いし、壊れもしない。
なかなか面白い。

こんなのが部屋の中で飛ばせるとは、まるでSFの世界だ。昔、「空中都市008」で、こんな場面があったような気がする。(あれはラジコン・ロケットだっけ?)

さすがは、21世紀だ。

チャンネルの違う機体なら、2機同時に飛ばすことも可能だそうだ。
パイロンレースとか空中戦とかやりたくなってきた。

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July 08, 2006

ビーグルⅡ世号・カットアンドトライ

E060なかなかビーグルⅡ世号が飛んでくれないのは、このコンテンツに野尻さんがコメントしてくれたように、垂直尾翼が大きすぎるのが原因のようだ。
そこで、実際にビーグルⅡ世号の垂直尾翼の大きさを変えながら、文字通り「カットアンドトライ」で実験してみた。

二週間前に壊した胴体後部を補修し、プロペラプラグにクリアラッカーを塗って防水処理し、写真のように垂直尾翼に切取り用の線を描いたりと準備した。用意万端整った状態で、飛行を待っていたのだが、天候が悪かったり、忙しかったりで、今朝、やっと実験飛行することができた。

垂直尾翼には、写真のように色分けした切取り用の線を描いておいた。この線にあわせて、垂直尾翼をハサミで切り取り、垂直尾翼の効果を表す数値である(垂直尾翼容積比)=(垂直尾翼面積×モーメントアーム)/(主翼面積×主翼スパン)を変化させながら、飛行の安定性を調べる。
なお、正確に計算しなおしたところ、切取る前の状態で(垂直尾翼容積比)=0.063、緑色の線で切ると 0.054 、赤線で 0.046、青線で 0.037、黒線で 0.027 である。

現在、ビーグルⅡ世号には、二種類の主翼を用意してある。一つは翼端のみに上反角を持った主翼、もう一つは二重に上反角を持った主翼である。実験飛行は、同じ垂直尾翼面積の時、両方の主翼を用いて安定性をテストする。

事前の予想では、野尻さんの NLP-1 は0.042~0.059でうまく行ったと言うことなので、緑線と赤線の辺りで安定しそうだ。また、上反角が大きいと実際上の垂直尾翼容積比が下がると言う事なので、上反角の大きい二重上反角の主翼の方が、より垂直尾翼容積比の大きな状態で安定すると予想できる。

実際に試験をした結果は、予想と微妙に異なった。

まず、二重上反角の主翼の場合は、ほぼ予想通りであった。緑線(0.054)と赤線(0.046)は安定して飛ぶ。特に緑線は綺麗に糸を引いたように理想的な滑空をした。青線(0.037)は、左右に振り子のように振れると言う、上反角が大き過ぎて垂直尾翼容積比が少なすぎる時の典型的な飛行状態になった。

予想と異なったのが、翼端上反角の主翼である。緑線(0.054)の時こそ、安定して滑空したが、やや左周回がきつ過ぎる様だった。赤線(0.046)でも滑空が安定しないが、青線(0.037)に至っては、手投げ滑空すらできないほど暴れまくった。最初の予想では、二重上反角の場合より、垂直尾翼容積比が小さい状態まで安定が取れる筈だった。しかし、実際は逆で、二重上反角の主翼の方が、垂直尾翼容積比が小さい状態まで安定だった。
どうやら、翼端上反角の主翼は、上反角が少な過ぎるようだ。

なお、青線ですら、両方の主翼で安定が取れないことから、垂直尾翼容積比= 0.027 となる黒線での飛行は行わなかった。

さて、次の方向性が決まった。
・垂直尾翼容積比が 0.05 前後のなるように、胴体後半部と垂直尾翼を作り直す。
 胴体後部は、2週間前に折れ曲がって、現状応急修理の状態なので、この際、作り直す。
・翼端上反角の主翼は、上反角を大きく作り直す。
・二重上反角の主翼は、このまま。

次の飛ばすときは、滞空時間を長くすることを目指そうと思う。

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June 25, 2006

なかなか飛ばないビーグルⅡ世号

E059どうも、ビーグルⅡ世号の左に急旋回する癖が直らないので、上反角のせいかと思い、二重上反角の主翼を作ってみた。

今日、テスト飛行をしたのだが、まだ調子が悪い。

最初の内は、急旋回する癖も無く、調子良かった筈が、何回か飛ばす内に、左旋回する癖が出始めた上、ノーズを下げて急降下する癖も出始めた。
気分も乗らないし、風も出てきたので、帰宅した。

帰宅後、落ち着いて、良く見てみると色々とビーグルⅡ世号に問題があることが分かってきた。

まず、プロペラのプラグ(受けの部分)がバルサで作ったのだが、これは塗装も無しの生の木のまま使ってる。この部分が、草地の「露」を吸って重くなるのだ。
乾燥した状態で、重心位置を合わせているが、水を吸うと重心位置が前になる。
そのため、最初はちゃんと滑空していたのが、何回か飛ばす内に、水分を吸って急降下するようになったらしい。

次に、胴体後部が折れている事を発見した。スチレンペーパーで作っていたので、良く分からなかったのだが、左側に折れている。
何故、何時折れたのか、全く分からない。しかし、これでは左に急旋回するのは当り前だ。
前述のように、胴体後部が折れた原因は不明だが、靴紐に引っかけるストゥージのせいかもしれない。
ビーグル号では、一度胴体後部を破壊した後は使っていなかったが、ビーグルⅡ世号では最初から、ずっと使っている。

うーーん、これじゃマトモに飛ぶわけない。

まずは、プロペラのプラグにクリアラッカーを塗って防水にし、胴体後部を補修して修理した。

次の週末こそは、ちゃんと飛ぶようにしたい。

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June 10, 2006

ビーグルⅡ世号

E0571新しいオールスチレンペーパー機「ビーグルⅡ世号」を作り、今朝、初飛行をした。

この機体は、以前の「ビーグル号」が、「狭い場所で飛ばすには飛びすぎるようになった事」、「風に弱い事」の2つの点を改善するために設計し作った。

ビーグルⅡ世号の一番の特徴は、ビーグル号に比べて小さいことだ。