深紅の碑文
上田早夕里先生著『深紅の碑文』が12月19日に早川書房Jコレクションシリーズから発売される。2011年の日本SF大賞を取った『華竜の宮』の続編となる作品だ。
この小説の中に登場する宇宙船『アキーリ号』のコンセプトデザインを私が行った。なんと、『アキーリ号』は恒星間宇宙船だ。あまり細かい事を書くとネタバレになるので、これ以上は小説を読んで欲しい。(と言うか私も読んでいない。ゲラの段階では読んだのだが、最終版は未だ読んでいない。本は既に手元にあるが、私の読書速度では読み終わらない・・・)
ここまで読んで、アレっと思った人も居るかも知れない。
「『深紅の碑文』が『華竜の宮』の続編で上田早夕里先生が書いているなら、人間ドラマが主体なはずで、10月のコンテンツに出てくる『硬い「ハードSF」』と異なっているのではないか?」と言う疑問だ。
実は、順序が逆で、私が『深紅の碑文』の宇宙船のコンセプトデザインの依頼を受けたのは2012年2月、つまり 1年10ヶ月も前のことである。
最初に話を聞いた時、「人類自らが宇宙に進出する宇宙船の建造が、作品のテーマの一つになる」と聞いて、この依頼を引き受けた。SF作品の科学・技術考証を行うようになって15年になるが、冗談ではなく、正面から「人類自らが宇宙に進出する宇宙船の建造」を扱うSF作品の依頼を受けたのは初めてである。
現在のSF作品では、「人類は自ら宇宙に進出する技術を獲得するほど進歩しない」と言う退廃的な風潮が主流で、多くのSF作品の中で、宇宙を自在に航行する宇宙船は「宇宙人によってもたらされた」もしくは「遠い過去に滅んだ宇宙人の遺跡から見つけた」と言うように『受動的』になっていて、人類自らが技術を進歩させ宇宙船を建造する『能動的』な作品はほとんどない。
そんな風潮の中で、『能動的』な宇宙船建造をテーマにする作品と聞いて、大喜びでお手伝いさせてもらうことになった。
早川書房の編集部に上田さんと担当の編集者と三人で集まって相談した時、私が「人類自らが技術を進歩させ宇宙船を建造する『能動的』な作品は最近ほとんどない」と言う話をした。上田さんは、この事を意識していなかったようだが、早川書房の編集者は私の話を裏付けてくれて、「今のSF業界は退廃的な風潮にあり、『能動的』な作品は出版すら中々認められない」との見解を述べてくれた。
この時、三人で話した「私(野田)だったら、こう言うSF作品を世に出したい」と言うイメージが『硬い「ハードSF」』の中核になっている。
さて、上田さんからの依頼を受けた宇宙船のコンセプトデザインは、作業自体が楽しくて、あっという間に3月には完了した。その上、幾つかのスピンアウト(スピンオフ?)を生んでいる。
2012年4月12日 世界的な宇宙の日(日本の宇宙の日は毛利宇宙飛行士の初飛行の9月12日だが、世界的な宇宙の日はガガーリンが1961年に初飛行した4月12日。ちなみに、スペースシャトル・コロンビアの初飛行も偶然のめぐり合わせか、4月12日だ)に、反物質の世界的権威の早野先生やイオンエンジンの國中先生などを招いて、筑波宇宙センターで行われた反物質ロケットを使った恒星間飛行のパネルディスカッションが、それだ。私は『アキーリ号』の検討の中で派生的に反物質の利用の可能性も検討した。この中で、更に専門的に反物質ロケットの可能性を知りたくなり、このパネルディスカッションを企画したのだ。
パネルディスカッションの当日、反物質ロケットのコンセプトデザインを幾つかプレゼンテーションで示したが、その中で、一枚のスライドだけ反物質を使わない別の方式の恒星間宇宙船のコンセプトを一寸だけ見せた。早野先生ほか会場中に「反物質ロケットより、そっちの宇宙船の方が現実性があるのでは?」と言わせたが、そのスライドこそが『アキーリ号』のコンセプトなのである(本書発刊前なので、問題が無いと思われる程度には、数値を変更していたが)
佐藤勝彦著「気が遠くなる未来の宇宙のはなし」(宝島社)のP27に、パネルディスカッションの時に発表した反物質ロケット使用のコンセプトの一つが載っている。これもスピンアウトの一つだろう。まあ、本書発刊前に、スピンアウトの方が先に世に出ていると言うのも何だが・・・
さて、2012年2月の早川書房での三人で話したイメージを、その後1年半かけて、更に研ぎ澄ましたのが、先のコンテンツの『硬い「ハードSF」』である。上田さんのような『能動的』な宇宙開発を描いたSFも最近では稀だが、さらに『能動的』を進めると、どうなるか。そう考えた結果が、先のコンテンツである。
さて、先のコンテンツで、それに沿うようなSFを書く人はいないかと書いたが、誰からも書くと言う反応はない。
誰か、ハル・クレメントやロバート・F・フォワードやグレッグ・イーガンを目指そうと言う人は居ないか?
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