SF大会で話さなかったネタ
先週、SF大会に参加したのだが、参加した企画イベントで時間を持て余したら話そうと思って仕込んで置いたネタがある。
幸いにして、企画イベントでは盛り上がったので、時間を持て余すことは無かった。そのため、このネタを披露する事は無かったのだが、そのまま消えるのも何なのでブログに書く。
SF大会のネタとは、「宇宙開発の未来に飛躍的なブレークスルーを生む技術を、たった一つだけあげるとしたら、何?」と言うもの。
普通の答えは、「画期的な低コスト打上げロケット」とか「軌道エレベーター」とかになりそう。でも、当たり前すぎし、第一、具体的じゃない。誰だって、宇宙開発の最大の問題が、宇宙に行くためのコストが高すぎるのは判っている。「画期的な低コスト打上げロケット」や「軌道エレベーター」では漠然としすぎていて、それをどんな技術があれば実現できるか、判らないよね。
で、私があげるのは、『桁違いの高密度のエネルギー蓄積器』だ
ロケットエンジンの場合、ターボポンプ付けたり、二段燃焼サイクルにしたり、リニアスパイクにしたりと色々と改良・研究されているけど、しょせん、燃料が持つ化学反応エネルギーを効率的に使うと言う話。液体酸素と液体水素の場合、理想的に完全燃焼すると、16MJ/kgつまり1キログラムあたり16MJのエネルギーが得られる。現状のロケットエンジンの場合、3割位は無駄に使われているので、これを改善するって話だから、どう頑張っても、今の2倍の性能が得られる事はないから、『画期的』にはならない。
従来のロケットのように推進剤(プロペラント)を兼ねた燃料自体を燃焼させ発生する化学反応を使う場合、液体水素+液体酸素よりエネルギー密度の高い燃料は、そうそう無い(正確にはフッ素を使う方法があるのだが、有毒)。
じゃあ、推進剤とは別にエネルギー源を持てば良い。それが『桁違いの高密度のエネルギー蓄積器』だ。
既に述べたように、化学反応エネルギーの場合、16MJ/kgが上限だ。ガソリン自動車の場合、42MJ/kgと言われるが、これは酸素を空気中から取っているから、宇宙では使えない。携帯電話やノートパソコンに使われているリチウムイオン電池は、0.7MJ/kg程度だ。
原子力の場合、ウラン235の核分裂エネルギーは、8万MJ/kgだから、化学反応の4桁くらいエネルギー密度が高い。でも、放射線とか怖いから、核エネルギーは打上げロケットには使いたくないよね。
核エネルギーほどではないしても、従来の化学ロケットの1桁改善すると、世界が違って来る。
例えば、『桁違いの高密度のエネルギー蓄積器』のエネルギー密度が 200MJ/kg になると容易に SSTO(単段式打ち上げ機)が容易に作れるようになる。
さらに、エネルギー密度が 300MJ/kg を超えると、イラストのような『自家用ロケット』が可能になる。
軽トラック並の1トン位の宇宙船に『桁違いの高密度のエネルギー蓄積器』が400kgだ。このエネルギー蓄積器の持つエネルギーが核爆弾並みじゃないかと勘違いされがちなのだが、ガソリン換算で、3500リットル程度。多いと言えば多いが、タンクローリーは1万リットル以上入るらしいので、それよりは、ずっと少ない。
推進剤は1400kg程度必要だが、それ自体がエネルギーを持つ必要がないので、液体窒素でも液体水素でも良い。
推進剤が液体窒素なら、値段も安いし、安全だ。元々空気中にあるものだから、環境にも優しい。タンクも直径190センチ程の球体ですむ。
ただし、ロケットエンジンが問題で、必要な噴射速度約9km/sを出すために、単純な熱エネルギーだけだと、燃焼室(燃焼しないけど)の内部は、圧力100気圧、温度4万K位が必要になる。窒素は、分子量が28と大きいので、高い温度が必要なのだ。4万度の温度に耐えられる材料は、そうは無いから、イオン推進とかプラズマ推進を考えざるを得ないのだが、高推力型のエンジンが作れるかは課題だ。
推進剤が液体水素だと、燃焼室温度は3300Kで済む。これは、普通のロケットエンジンの燃焼室内温度と変わらない。ロケットは単純な仕組みで、『エネルギー蓄積器』から運んだエネルギーで液体水素を一気に3300Kに加熱すれば良い。
ただし、液体水素は危険だし、密度が低いので、燃料タンクが直径4メートルの球体となってしまう。
もちろん、最大の問題は、『桁違いの高密度のエネルギー蓄積器』をどうやって作るかと言うこと。化学反応では無理なことは既に述べた。リチウムイオンなどのバッテリーも化学反応を使っているから同じこと。
残りの『エネルギー蓄積器』の方法は、『はずみ車』と『ゼンマイ』かな?
両方共、子供の玩具の自動車のエネルギー源だ。若い人は『はずみ車』を使った自動車の玩具は知らないかも知れない。コマを高速で回転させて、エネルギーを蓄える仕組みだ。
『コマつまりホイール』の回転速度が速ければ速いほど、蓄えられるエネルギー密度が高くなる。しかし、あまり速く回転させると遠心力で破壊されてしまう。鋼鉄のホイールだと0.25MJ/kg位が理論的限界。ケブラーでも1MJ/kg。
でも、もし、カーボンナノチューブが実用化して、破断長(自重で切れる長さ)が6万kmが達成できれば、300MJ/kg のエネルギー密度になる。カーボンナノチューブの場合、理論的な破断長が1万〜10万kmと言われて、軌道エレベーターに使えれるかと言われているけど、実用化したら、イラストのような自家用ロケットも作れる。
『ゼンマイ』つまりバネにエネルギーを蓄えると言っても、もちろん鉄のバネじゃ駄目。
7月くらいに「二フッ化キセノンを使って、非核エネルギーで最強のウルトラバッテリー」って怪しげなニュースがネット上を流れた。圧力をかけることによって、結晶の構造を変えることでエネルギーを蓄えるらしいのだが、結局、どの程度のエネルギー密度が達成できるか判らなかった。もし、本当に高密度のエネルギーが蓄えられるなら、宇宙開発にブレークスルーを呼ぶ。
どんな方法でも良いから、300MJ/kgの密度の高密度のエネルギーが蓄えられる方法があったら、教えてくれないかな?
・危険じゃないこと。(放射線とか、毒性とか)
・トータルで重くならないこと。(燃料は軽いけどタンクが重いとかはダメ)
・短時間で大量のエネルギーを使えること(どんなにエネルギーが多くても少しずつしか使えなければダメ。イラストの例だと最大で220Mワットが必要)
まあ、『高密度のエネルギー蓄積器』は、宇宙に限らず、携帯電話とか電気自動車とか、色々応用例があるし、そう言う分野の方が儲かるから、別に宇宙開発に使う必要は無いかも知れないけど。
ただ、『高密度のエネルギー蓄積器』を研究している人に対して、一つだけ宇宙開発が持つメリットを。
『携帯電話とか電気自動車などの分野への応用で、他のエネルギー蓄積方法に比べてコスト的メリットがなくても、宇宙開発なら買い手が付く』
元々宇宙開発は高いから、他の分野より2桁位出す、きっと。今の巨大なロケットがイラストのような簡単な打上げ手段になるなら、それでも安いもんだ。
もちろん、本当に 300MJ/kgが達成できるのであればの話だけど。
と、まあ、こんな風にSF大会で言ったら、良いアイデアが出てくるんじゃないかと思って。
ちなみに、もう一つ『飛躍的なブレークスルーを生む技術』を追加するとすれば、『自己増殖型ロボット』だ。
The comments to this entry are closed.
Comments
数年前に小川一水さんのHPで知ったんですが、太陽光レーザー精製海水マグネシウム燃料どうでしょうか。
検索してみたら、リチウムイオン電池の7.5倍のエネルギーとか出ましたが。
Posted by: 実松 | August 15, 2010 07:56 PM
あ、よく見直したら化学反応じゃ無理なのか…失礼しました。
Posted by: 実松 | August 15, 2010 10:57 PM
ここらへんが使えるのでしょうか?
二フッ化キセノンでエネルギー
http://www.gizmodo.jp/2010/07/post_7293.html
Posted by: Sanjuro | August 18, 2010 12:25 PM
20年くらい前なら、「超電導リングに電流を封じ込める!」と言ったでしょうが、電流密度を上げると常電導状態に戻ってしまい、抵抗熱で破損するという問題から、今はどうなんでしょう?
ちょっと理解できていない情報で申し訳ないですが、光の波長より小さなナノ構造体で光の速度を遅くする、SPP(表面プラズモンポラリトン)効果というものがありますね。 光の周波数がSPPの共鳴周波数と一致すると、フォトンの速度が0になり、構造体にフォトンが蓄積されます。 フォトンは表面にしか蓄積できないので、薄膜積層で素子の形にします。 構造体が熱膨張の影響を受けるならば、共鳴周波数をずらして蓄積したフォトンを一気に放出することも可能ですが、果たしてフォトンの形で蓄積するのが良いことなのか?(レーザーパルス推進にするとしても、一気に開放するのでは制御が難しい。熱ではなく、応力で変形開放するべきか?機械式でレーザー光線の出る銃も、SFとしては面白いが) 超電導素子みたいに、蓄積密度が上がると特性が変わって破損する? 構造自体がフォトンの損失となる状態が発生したら、熱暴走で爆発する?(SPPを生み出しているのは、分極等の電気的特性らしい。ならば、素材の電気抵抗も影響する?) 巨大なエネルギー蓄積に使えるのか、わかりません。(というより、フォトンの速度が0なら波長も0なのに、「光の波長より小さなナノ構造体」というものの基準が理解できていないレベルですみません)
SFのタイムグラスのようなものができるんじゃないかと注目していた技術ですが、周波数依存性があるのでタイムグラスにはならないですね。
エネルギーの蓄積とは関係ないですが、地上からエネルギーを空間伝送するタイプのエンジンも良いと思いますよ。(パルスレーザー以外にもマイクロ波を使うものとかあって) 地上局の許可が無いと飛べないので、「自家用で自由に」ってわけにはいきませんが、少なくとも暴走する人はいなくなる。(もっとも、自家用とする場合、最初に考えるべきは騒音問題ですが)
Posted by: 美村蔵親 | August 18, 2010 09:16 PM
皆さん、情報、有難うございます。
なかなか、いいエネルギー源は探すと難しいですね。
地上からエネルギーを送るのはアリですね。以前、東大で、レーザー推進と言うのを研究していましたが、この種のものだと思います。最近も研究続けているんでしょうか?
Posted by: 野田篤司 | August 21, 2010 04:40 PM
一番最近見たのが、TBSの「夢の扉」で、3月21日放送。
http://www.tbs.co.jp/yumetobi/backnumber/20100321.html
放送では、コマのような模型が上がっていって面白かったけれど、パルス推進の宇宙船に乗るのって、ちょっと怖いかな。(「エネルギーで尻を叩かれて飛んでいく」とイメージしちゃうのが、いけないんだろうけど。高温部に直接触れないという点では安全なんですよね?)
解説はこちら
http://www.kml.k.u-tokyo.ac.jp/mwp/ja/
Posted by: 美村蔵親 | August 22, 2010 11:37 AM
原子炉を使わないという程度のしばりなら
なんとかなるかもしれません。
例えばRIイオンエンジンというのはどうでしょう?
直径10cm、長さ3cmの円筒の内側にα線源を張り付け、
後面電極メッシュと前面電極メッシュの間に置きます。
後面電極には10V反跳電圧、前面電極は0Vとし、
前面電極から20cmぐらいあけて加速電極メッシュを-5000V、
その外側に中和器としてβ線源を置きます。
(β線源にはエネルギーの低いもの(Pb-210とか)を選ぶ。
エネルギーが高いと再イオン化してしまうため)
後面電極には電離電子が捕集されるのでその電流を測り
イオン発生量をモニター出来る。
Am-241だとエネルギーが5MeV。
XeのW値が20eVなので1個のα線で25万個のXeイオンが生成する。
10TBqの線源なら毎秒2.5E18個生成する。
線源とXeガスが100%の利用効率であれば、
0.55mg/sぐらいのXeの燃料消費量。6個クラスターで3.3mg/s。
Xeイオンを5000Vで加速すると噴射速度は85.6km/s。
1基46mN、6基合計の推力は280mNぐらい。
Am-241の比放射能は127GBq/gなのでエンジン1基80g程度。
Am-241の発熱で発電してもいいです。
バルブ駆動電源と加速電圧電源を確保出来れば
低消費電力で宇宙船を加速可能。
Posted by: かまや | August 23, 2010 11:24 AM
カーボンナノチューブが使えるなら、一応有線送電を推してみます。地上からと衛星からの切り替えで。
一考の余地は・・・あるのでしょうか?(^^;
Posted by: | August 26, 2010 05:06 PM
レス遅れて、すいません。
パルスロケットのマイクロ波推進、カーボンナノチューブの有線送電は、外部からのエネルギー供給と言うところで、共通していますね。
これ、本当に実現しないかなあ。
α線源は、ちょっと怖いような・・・
Posted by: 野田篤司 | October 20, 2010 09:18 PM