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June 26, 2010

新しい物を作るには

E213最近、ツィッターを始めた。
色々書いているのだが、ツィッターだと内容が流れるし、一回の書き込みが140文字以内なので、どうしても切れ切れになるので、ブログにまとめてみた。ツィッターに書ききれなかった部分も補足してある。

新しい物を作るときは必要最小限で機能するものを作って、そこから連続的に大きくしないといけない。

飛行機は空力の揚力が面積に、質量が体積に効くので、それぞれ寸法の2乗、3乗に比例する。つまり小さいほど有利なので、飛ぶと言う機能を実現するにはいくら小さくてもOK。ゴム動力の模型飛行機を実現すれば、じょじょに大きく速くしていけば、連続的にジャンボジェットまで進化させられるわけ。

ロケットの場合、空力は抵抗になるので、寸法的には大きい方が良い。他にも制御用コンピュータとかが必要なので、必要最小限の構成が意外と大きくなる。現在ではペガサスが軌道投入できる最小ロケットか? 最小構成のロケットですら、相当大きいので国家レベルの予算が無いと開発を始める事ができないのが現状。

とにかく、全く新しい物を作るとき、
(1)機能に必要最小限の構成の大きさ重さ・実現性は何か?
(2)大きく重くするのは有利に働くか不利に働くか?
(3)より大きく重く、高性能にするには連続的に成長できるのか?
これらを見極めないといけない。

良く誤解されるのだが、最初に作るものは「最小限の機能」だけあれば良い。「最小限の性能」ではない。飛行機の場合だと、「最小限の機能 = 飛ぶこと」であり、「最小限の性能 = 人が乗れること とか 荷物がのること・など」だ。「最小限の性能」は「役に立つ」と言い換えても良いかもしれない。
役に立つような性能を負荷すると、どうしても大きく重くなる。作るのが大変だ。最初は、機能だけを成立させ、徐々に性能を高くしていき、役に立つレベルまで進歩させる。

最初の「最小限の機能」だけの物作りが、もっとも一番難しい。
本当にその構成で成立するのか。実際に作ってみるまで判らない。
実際に作ってみなければ、ならない。
どんなに良く考えても、見落としがあるかもしれない。
見落としがないことを確認するために、最初の「最小限の機能」のものを作る。だから、最初のものは、一通りの機能が必要だ。中途半端じゃ駄目だ。だからと言って役に立つほどの性能もいらない。

シミュレーションで良いと言う人も居るだろう。だが、シミュレーションは、頭で考えた事をコンピュータで確認するだけだ。「見落とし」はシミュレーションでも見落とされたままだ。

最初の「最小限の機能」だけの物を、どんな構成にして、どうやって機能を実現させるかを考えるのは、さらに難しい。
世界で最初のものであれば、なにも参考になるものがない。だから、大変だ。当たり前だ。全ての機能・構成を全て自分の頭の中で構築しなければならない。
日本で最初のものも大変だ。国内には参考になるものが無いから、海外に学びに行かなければならない。でも、そう度々海外に行くわけには行かない。だから、自分の頭で考えることも多い。
企業・組織・大学など組織で最初のものも大変だ。組織外に聞きに行かなければならない。
個人では?

本来、「最小限の機能から徐々に成長させるもの作り」は世界初だけでなく、日本初、組織初、個人初と縮小しながら「再発明」され続けなければならない。
ところが、「最小限の機能構成を自分で考える」と言う事をすっ飛ばことが多い。「最小限の機能構成を自分で考える」には時間がかかるのだ。また、もし間違えると実際にものを作って失敗すると、お金が余計にかかったり、危険だったりする。
だから、「教育」と称して、その辺を回避して、「教え」てしまうことが多い。最初から「機能して当たり前の構成」を作らせるだけで「もの作りの教育」とする。そもそも、そう言った「教育」の機会さえ無い場合が多い。

頭をしぼり、「必要最小限の機能の構成」を考えることは厳しい。でも楽しい。
その厳しさと楽しさは、やった者でないと判らない。
「やった者」でないとさらに、もっと新しいことを作ることもできない。

でも、なかなか、それが伝わらないんだよね。

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June 07, 2010

プラチナ・ジャズ

E212Platina JAZZ と言うCDを買った。
マニアと言うか、オタクの間では有名なようだが、要はアニソンをジャズにアレンジした曲が入ったアルバム。ただ、かなり本格的な人がアレンジ/演奏しているので、完成度が高い。
いや高いなんてもんじゃなくて、才能の無駄遣いだと言う意見まで出るほど。

最寄りの駅近くとか、比較的大きな柏駅や流山おおたかの森で探したけど、見つからなかった。
けど、秋葉原に行ったら、すぐに見つかった。
さすが秋葉原!!!

で、それを799円で買った超安物のデジタルオーディオプレーヤーで聴いている。(以前、ブログに書いた999円のオーディオプレーヤーは高一の息子に取られた)

と、まあ、それを聴きながら電車に乗ったりしているわけ。

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June 03, 2010

月に行くのは、より道・遠回り・行き止まり

E210私は、バリバリの有人宇宙飛行推進派だ。より遠く、より広く、誰でも行ける宇宙旅行を目指す。
いずれは人類の宇宙進出するのが究極の夢だ。
だが、その私でも月に行くのは賛成できない。それが、より道・遠回りとしか思えないからだ。いや、それどころか袋小路の行き止まりとさえ思えている。

月に行くメリットはない
人類の宇宙進出が目的の場合、火星とか小惑星、ガニメデ・エウロパのような資源を持つ可能性のある場所に行かないと意味がない。この場合、資源とは水など人間の生存に必要な物質の事だ。
当然の事ながら、宇宙ステーションなどのある地球周回軌道には何の資源も無い。だから、定期的に地球から補給物資を送らなければならない。これが、ある程度以上の発展を阻んでいる。
月も物資は無い。正確に言えば、あるのは岩と砂だけだ。水は科学的な研究対象で分析できる程度の量しか無いだろう。人間が生きていくのに必要な量は無い。
人間が月に行っても、地球から物資の補給を続けなければならないなら、宇宙ステーションと同じく発展性が阻害される。いや地球から遠い分、宇宙ステーションより分が悪くなる。

月の科学的な価値を否定するつもりはない。しかし、それは純粋に惑星組成や内部構造・岩石分析の分野に限る。少なくとも、月に天文台を置く意味はない。望遠鏡が重力で歪んでしまう。せっかく宇宙に出たのにメリットが半減だ。月に天文台を置くくらいなら、太陽地球系のL2ポイントに宇宙天文台を置いた方がずっと良い。

月に行くのは難しい
地球からの補給なしに、言い換えれば自給自足で生きていくために必要な資源のある場所が小惑星や火星以遠なら、そこへ行くための技術レベルも高いし、往復の旅行期間も長い。だから、「最も近い月に行って、その練習にするのは良いじゃないか」と言われることが良くある。「月に着陸するだって難しい技術が必要になるし、月面での長期滞在は、火星や小惑星へ行くのに良い練習になる」というのだ。

いや、ちょっと待ってくれ。月に行く困難さは方向性が違いすぎて練習にならないのだ。
月は特殊な天体だ。意外なほど大きく重力が強いわりに空気が無く、自転周期が長い。月面の6分の1の重力は弱いと思われるかも知れないが、地球程度の惑星の衛星にしては異常に大きい。
重力が大きい上に空気が無いので、着陸は強力なロケットエンジンを断続的に使って逆噴射を続けなければならない。もし火星のように空気があれば、パラシュートによる制動が使えるし、逆に小惑星のように重力が少なければ、ごくごく小さなロケットエンジンだけで着陸できる。月への着陸方法は難しい割には、他に応用が効かない特殊技術だ。
とは言え、月への軟着陸技術は、まだマシだ。多少とは言え、火星やガニメデ・エウロパへの着陸に応用できるかもしれない。

問題は、越夜技術だ。越夜は聞きなれない言葉だと思う。「越冬」が冬を越すことなら、「越夜」は夜を越すことだ。
月の太陽に対する自転は29日間。昼は地球時間の14日間も連続で太陽光が当たり温度が上昇する。まだ、昼は良い。太陽光を受けて発電し、その電力で冷房することだって可能だ。問題は、夜だ。今度は14日間も光が当たらない。保温材としても断熱材としても優れる空気がないから、昼は温度が非常に上がり、夜は非常に下がる。夜はエネルギー源としての太陽光がないから、ヒーターを使う事もできない。
月以外の天体の夜は、せいぜいが数時間から半日程度だ。その程度の時間なら昼間の間に充電しておいた電池でヒーターを使って温まる事ができる。ところが、月の場合は、14日間も夜が続くから、普通のバッテリーではとても持たない。極めて特殊なバッテリーが必要となる。
この様に越夜は、特殊で実現困難な技術が必要だ。ところが、この越夜技術、ほとんど月以外に応用できない。月のように長い夜を持つ天体は、水星くらいしか無い。また、木星以遠の星なら、太陽からの光が弱く、ある意味、月の越夜よりも長い夜を越さなければならないが、そもそも昼自体が無いのだから、その意味が全く異なるだろう。

このように月軟着陸技術も越夜技術も、開発が困難な割には他に応用できない「袋小路」の技術なのだ。

月に行くのは遠回り
じゃあ、月に基地を作って、そこで、宇宙船を組み立てるとどうなるか?
ほとんど役に立たないどころか、逆に無駄になる方が大きい。
「基地」と言うのは、そこで物資の補給をしないと意味が無い。ところが月には燃料も水も、とにかく補給すべき物資は何もない。物資は全て地球から送るしかないのだ。
地球から全て物資を送るなら、月の重力に逆らって着陸して離陸するのは無駄以外の何者でも無い。
例えば、地球から火星へ行くこととして、ホーマン軌道への投入を考えた場合、直接地球から直接火星に行くのと、一度月に着陸するのとでは、理想的な計算をしてΔVで 4200 m/s の差が出る。仮に液酸/液水を使ったとしてもツォルコフスキーの式で計算すると質量比は 2.6倍となる。つまり、地球からのダイレクトに火星に行く場合、仮に1万トンのロケットが必要だとすると、月に一回着陸すると2万6000トンのロケットが必要になるということ。なお、これらの計算は純粋に理想的な最小限の値を求めただけなので、実際にはロケットの構造質量比とかを考慮に入れると、更に差は開く。3~4倍程度が現実的な値だろう。

ここまでは、火星へ行くときだけの話。帰ってくる時を考慮にすると、驚くほど差が開く。
火星からの帰還時、地球と月が往路と同じ条件なら、最初の打ち上げ時の差は、3~4倍の自乗で、9~16倍で済む。ところが、行きと違って、地球には奥の手がある。地球に直接帰ってくるなら、地球大気を使った制動(ブレーキ)が使えるからだ。
だから、帰還時も考慮すると20~40倍は違ってくる。先の例だと40万トンのロケットが必要になる。

もう一度整理すると、最初の打ち上げ時の質量は、
・地球からダイレクトに火星を往復を「1」とすると
・月経由で火星に行って、帰りはダイレクトに地球の場合「3~4倍」
・行きも帰りも月経由で火星に往復の場合「20~40倍」


最初の打ち上げ規模が、3~4倍とか20~40倍になったからと言って、リニアにコストも3~4倍とか20~40倍になるわけではない。だが、非常に割高になることは誰の目にも明らかだ。ちなみに、ここまでの計算には月基地建設の分は入っていない。月基地建設の分を入れると、さらに、その差は開く。

と言う訳で、月によるのは無駄だ。いや無駄というにはあまりにも大きすぎる無駄だ。

月に行くことで、苦労して得る技術は、その後の役にも立たない。燃料は無駄になり、莫大なコストは露と消える。疲弊し切った宇宙開発は、そこで行き詰まってしまうだろう。袋小路だ。

預言者のように未来を見てきたような事を言っているが、これは未来を予言して言っているのではない。まさに40年前に、アメリカがアポロを月に送った後、宇宙開発が迷走している姿は、この「予言」そのものなのである。

なぜ、月に行きたがるのか?
冷静な理性的判断で月に行くことにメリットが無いどころか、デメリットだらけであることは明らかだ。これは私の意見だけではない。多くの専門家が同じ意見を持つ。

にも関わらず、月が主流派を占めるのは何故か?
ブッシュ前大統領が月に行くと声明していた時は、日本もアメリカについていくだけと思っていた。

ところが、オバマ大統領が月行きを否定したにも関わらず、相変わらず日本が月に行くと行っているのは、どうしたことなんだ。(ちなみにオバマ大統領は月は止めて、次は火星か小惑星と言っているんだよ。たぶん、私と同じ事を言った人がNASAかなんかに居たんだと思う)

これは、もう理性で判ることじゃない。
超自然的な力が働いている・・・なんて、オカルト的なことじゃなくて、心理的なもの。子供の頃に刷り込まれた憧れとか、そう言うものが潜在意識的な欲求として働いているとしか思えない。
つまり、アポロの月着陸を子供や若い時代に体験して、それが刷り込まれてしまったというわけ。実際、理性的ではなく月へ行く事を無条件に肯定するのは、現状50歳から60歳以上の世代に多い。この世代は、月に行く事を肯定すると言うより、あの時代のアメリカ、ベトナム戦争以前の強いアメリカへの憧れを月着陸に投影している。としか思えない。
それより下の世代には、月への憧れも、むしろ強いアメリカへの憧れなんてないから、月へ何故行きたがっているか、全く理解できない。

最大の問題は、月および強いアメリカへの憧れ世代が、政治にしろ色々な組織・省庁でのトップに今居ると言うこと。彼らが、「月に行く」と言い出したら、誰も止められない。
でも、今、決まったら、実行するのは、もっと若い世代。月と強いアメリカへの憧れなんて無い世代。
やりたくない上、理性的に考えればムダ以外の何者でも無いものをやる世代の身にもなってもらいたい。

繰り返しになるけど、もう一度言う。
私にとって、宇宙に人類が出て行くのが、宇宙開発の究極の夢だ。
月に行くのは、その夢にとって、遠回りになるどころか、袋小路の行き詰まりをまねきかねない厄介ものだ。

月なんか放っといて、とっとと深宇宙へ飛びだそうぜ!

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June 02, 2010

AtomPad

E211iPad が日本でも発売されて話題になっている。
また、iPadもどきと言うか、安い Android 端末が、秋葉原でも1万円ちょっとで手に入るようになった(と言っても品薄だが)

画面こそ小さいけど、格安 Android 端末と同じようなスペックの SmartQ5 を持っている立場から言うと、私は iPad は、それほど欲しくないし、格安 Android 端末なら 6000円位まで安くなったら欲しいかなと思う程度だ。
iPad は自由度が無いのが欲しくない理由だし、格安 Android 端末の方は、まあ、高機能フォトフレーム代わりだとすると、そのくらいの値段が適正だと思う。

で、本当に欲しいのは、絵に描いたけど、AtomPad だ。AtomPad って、私が作った造語なんだけど、要は格安 Android 端末と同じようなハードウエアに CPU だけ、Atom にしたもの。
図では、Z520(1.33GHz) 程度のAtom CPU と書いたけど、別に Z515(1.20GHz) や、もっと遅いCPUでも構わない。Ubuntu がストレス無く動くなら何でも良いんだ。

SmartQ5 を使っていると思うんだけど、いくら Ubuntu が動くと言っても、ARM プロセッサだと、どうしても動くアプリに制約があるからねえ。メインメモリの問題もあるし。何より、将来も不安。特殊なハードウエアだと、この先、OSが、何処までサポートしてくれるかが不安要素だ。

それに比べて、Atom は基本的に x86 系だし、となるとアーキテクチャが IBM PC/AT の延長線なら、少なくとも、この先、OSがサポートされなくなって、困るという事態はあり得ないだろう。

と言うわけで、イラストみたいなスペックの AtomPad が 2万円台(OS抜き)で売り出されたら、買っちゃうだろうねえ。とは言え、最初は、5万円以上なんだろうなあ。

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