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December 12, 2006

熱血クラシック音楽コメディ

E077「のだめ」が面白い。原作の漫画もドラマもだ。
別に、主人公の名字が私と同じだから言う訳でも無いが。

この漫画・ドラマ、全体的に面白いのだが、特に面白いと思うことが2つある。

一つは、「熱血もの」だということだ。
漫画の「のだめ」もドラマも熱血ものだ。一見ドタバタコメディのように見せかけて、実はスポ根ならぬ音楽根性ものが「のだめ」の正体だ。

正直、こんなに真剣に音楽に取り組んでいるキャンパスライフがあるとは知らなかった。
私は、音楽、特にクラシック音楽に関しては全く知識が無い。音楽学校/大学に足を踏み入れた事すら無く、恥ずかしい限りである。

音楽に対する知識が無く、「のだめ」が、どれほど真実に忠実であるかどうか語ることはできないが、ドラマや漫画で見る限り、素晴らしいというか、羨ましい学生生活が伝わってくる。

音楽に関してウンチクを述べる事はできないので、キャンパスライフの方に話題を振る。

音楽大学には敷地内に足を踏み入れた事の無い私だが、理学系/工学系大学なら数限り無く入ったことがある。学生時代に私自身が通った大学もそうだが、今現在も大学に行くことが多い。

その工学系の大学にもキャンパスライフはある。
もちろん、学生の中には遊びほうけている者も居るし、むしろその方が多数派だ。

だが、確実に、千秋真一のように、その分野に対して真剣に取り組む姿がある。

例えば、ロボットを作ったり、缶サットやキューブサットを作ったり、人力飛行機やロケットを作ったりと様々である。モノ作りに限らず、理論の構築や実験、式の展開、論文書きに真剣に取り組んで居る。

どうも、一般的には、理学部/工学部は、堅苦しくて暗いと言うイメージがある。しかし、本当はモノ作りや理論の構築だって、ロマンや情熱や感動にあふれて居るのだ。

誰か、そう言った理学部/工学部の本当の姿を、「のだめ」のように分かりやすく、面白く伝えてくれないかなあ・・
まあ、まるで無い訳じゃ無くて、映画「ロボコン」とかTVドラマ「ロケット・ボーイズ」とかあったか・・・・ 受けなかったが。


「のだめ」で、面白いと思う、もう一つは「指揮者」を題材にしていることだ。

今までの漫画やドラマなら、確実に「演奏者」の方を主人公にしたと思う。スポ根もので、野球ならピッチャーやバッター、ボクシングならボクサーを主人公にするようにだ。今までなら、間違っても丹下段平を主人公にはしないだろう。
ところが「のだめ」では、実質上の主人公である千秋真一は「指揮者」を目指して居る。

繰り返しになるが、私には音楽の知識が無い。だが、その私でもクラシック音楽における「指揮者」の存在は、以前から興味があった。

大人数のオーケストラは、音を出すことが目的の「音楽」のために編成されて居る。そのオーケストラの一員なのに、全く「音」を出さないメンバーが居ること自体、特異だと思う。だが、それ以上に「音」を出さない指揮者がオーケストラの中で中で一番偉そうにしているのだから、おかしいじゃないか。少なくとも音楽の素人としては、そう思ってしまう。

もちろん、ちゃんと音楽が分かって居る人にとっては、指揮者の存在の理由も重要性も当然のことだろう。
これ以上の突っ込みは、音楽の知識が無い私には無理なので、またしても話題を別の方向に振る。

私の仕事のひとつは、新しいアイデアの実現を「設計」する事だ。

設計の極く初期の段階で、色々な専門家が集まって討論をし、アイデアを出し合って、大まかなコンセプトを作り上げて行くことがある。
この時、討論の進行役をコンダクターつまり指揮者と呼ぶことがある。

コンダクターと言う呼び方は、あまり一般的でなくデレクターとかアーキティクトとか色々な言い方が混在して居る。が、私は昔からコンダクターと言う呼び方が気に入って居て、よく使って居る。

色々な専門家が集まる討論会をセッションと呼ぶ。もちろん、セッションには討論会の意味もあるが、演奏会の意味もある。セッションと言うと JAZZ や JAM セッションを思い浮かべるが、クラシックセッションと言う使い方もあるそうだ。
そう言えば、電子機器や光学機器などをインスツルメンツと言う時もある。この辺の名前を付けた人は、よほど音楽に引っかけたかったんだなあ。

セッションは、オーケストラほど大編成でなく、せいぜいが 10 人までの専門家が集まって行う。

コンダクターの役割は、クラシックオーケストラの指揮者と同じで、演奏しないことだ。

設計のための討論会なのに、コンダクターは設計自体や解析・計算などはしない。私が主催する、つまりコンダクターを務めるセッションに参加したことがある人なら判ると思うが(このブログを読んで居る人の中にもきっと居るはずだ)、私は専門家同士のインターフェースを取って居るだけだ。違う分野の専門家同士だと、専門用語が通じない時があるので、やさしい言葉に通訳する。

冗談を連発して滑らかにコミュニケーションが進むようにし、課題となる問題点を明確にし、その解決を方法を色んな視点から検討できるようにしている。方向性のイメージが伝わるように、たまに簡単な解析などをやってみたりもするが、本質は専門家に任せる。

専門家は、概ねソリスト(独奏家)が多い。
大編成のオーケストラに慣れて居ない場合が多いし、多分野の専門家と同時に討論すること自体に有効性を認めない事すらある。

だが、ソロ演奏では味わえないオーケストラ演奏ならではの醍醐味がある。

ある分野で完全に行き詰まって居た問題が、他の専門家の一寸したアドバイスで解決する事がある。それが連鎖的に広がると、それまで全く存在も予想できなかった新規コンセプトやシステムが誕生する瞬間がある。

「降臨」して来たとすら思える感動の瞬間だ。


偉そうな事を言ってはみたが、セッションを開ける機会は少ないし、本当に感動できる瞬間など滅多にあるものではない。せいぜいが、1年に1度あるかないかの極めて稀な出来事だ。

「のだめ」の作品中で、「身震いするほど感動する演奏ができることは本当に稀」と誰かが言ったが、まさにその通りだ。

だが、本当にあるんだよ。
設計のセッションでも「身震いするほど感動」が訪れることが。

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Comments

私も「のだめ」は原作もTVも見ています。私はチェロを弾くし、家族全員で弦楽四重奏もするし、長男は現在、国家が作った音楽大学の2年生でヴィオラ専攻なもので、他人事ではありません。
男の子が音楽大学に行くのは、やはり(女性を蔑視しているのではなく、現実として)大変なことです。プロの弦楽器奏者(特に男性)と話してみると、頭の切れる理科系人間が多く、たぶん、千秋君も音楽の道に進まなかったら、一流大学の理学部あたりに言った可能性が高いでしょう。うちの息子も進学校でそこそこ成績もよかったので、音楽の道に進みたいといったときは、私にはショックでした。本人の強い意志なのでしかたがないね、というところ。息子の友人たちも、音楽への道を勝ち取って来ている人が多く、背水の陣なのでしょう、熱血のようです。

普通に高校生やって、そこそこ受験勉強して大学に通っているだけだと、何に対して熱血になるかを発見できない場合があり、その辺が難しいですね。特にサイエンスの場合、高校生で想像していた内容と実際の間に恐ろしい落差があるので、何か夢見て大学に入っても、うまくいかないこともあります。何となく触れているうちにはまるものが見つかり熱血になれた大学生は幸せです。音楽大学の学生の場合、入学前にそれがあるところが違うのでしょう。

自分で数人の仲間と合奏の練習をしているときは、他のパートに対して口出しをすることがよくあります。音楽全体のために、あなたはここをこうすべきだ、というようなこと。音楽全体の構成、作曲家の意志への理解が高いプレーヤーが、より多く発言することになります。この役目を担う者がいないと、上手なプレーヤーが集まって合奏をしても、決して良い演奏にはならないのです。個々のパーツは良いのに全体としてはがたがた。オーケストラよりずっと規模の小さい、4人による室内楽を聴いていてもこういう頭脳担当者がいるかいないかはすぐわかるし、注意深く見ていると誰がそれを担当しているか、わかります。この役目に特化しているのが指揮者です。千秋君がいつも楽譜(あれはスコアといって、オーケストラの全パートが書かれているものです)を睨んで、書き込みをしているのは、楽譜から作曲者の意図と音楽の作りを理解する勉強と、個々のプレーヤーにどう指示するかの設計をしているのですね。

サイエンス、エンジニアリングと音楽の違いは、作曲家という、ひれ伏すべき存在の有無でしょう。逆に言うと私の場合、その作曲家、楽曲が大したことがないと、全然弾く気がしません。人類の宝のような音楽に出会うと、楽譜の隅々まで考察し、作曲家の目指した者を理解し、それを示すような演奏にするべく、共演者達に注意を与えるわけです。

Posted by: はかせ | December 13, 2006 at 09:46 AM

今週出版になった本に『ふじ』について1行書きました。
http://depart.livedoor.com/trackback/3101923
依然、本をいただいたことがある笹本祐一さんと松浦晋也さんに贈呈したいのですが、郵送先分かりますか?野田さんには先刻発送しました。

Posted by: Tsutomu.i | December 14, 2006 at 02:31 PM

はかせさん、どうもコメント有難うございます。すぐレスしたかったのですが、色々立て込んでいて遅れて申し訳ありません。

私にとっては、「のだめの世界」は想像の世界に近いのですが、博士さんにとってはリアルな現実なのですね。家族全員で弦楽四重奏とは羨ましい限りです。できれば一度お聞きしたいと思いますが、確かはかせさんの家は、私の家(千葉県松戸市)から遠く離れてますよね。

大学における男女差の意識差で、はかせさんと全く逆の事を工学部で感じます。私も男女の差別をする気は無いのですが、工学系の大学、特に大学院に来ている女の子は、やはり大学の入学前に将来を決定して背水の陣になっているようです。入学前に、よほど両親が反対するのでしょうか?
ですから、工学系大学院に来ている女の子は気合が違いますね。

やはり、音楽における指揮者の存在は大きいのですね。
千秋真一の持っているスコアも興味深いです。楽譜の形で音楽を表記したのはバッハだと思いましたが、これが、その後の音楽の進歩に大きな影響を与えていますね。エンジニア的にも、各パート(=各専門分野)毎に共通化され、一つのスコアにまとめることが可能な表記方法があれば良いのですが、未だに万能な表記方法はありません。色々研究は進められているようですが、本当に使えるものはないようです。

確かにサイエンスやエンジニアにとっては、「作曲家」と言う存在は居ませんから、研究者とか設計者は、「作曲者兼指揮者」の位置付けになるのかもしれません。とは言え、サイエンスやエンジニアにとっても、ひれ伏すべき存在はあります。自然法則とか理論とか言うので、ニュートンとかアインシュタインなどの姿を借りていますが、これに逆らっては何もできません。

Tsutomu.i さん、
私のところには、先日届きました。
松浦さんと笹本さんの郵送先は、別途メールしました。メールが届かなかったら言って下さい。
(ほとんど私信と化してますが・・・)

Posted by: 野田篤司 | December 17, 2006 at 06:54 PM

楽譜というのは非常に不完全な命令書あるいは設計図です。書いてある音符をパソコンのMIDIなんかで音にしてみたところで全然音楽になりません。同時に鳴っている多数の音符にはそれぞれ意味があり、どれをどのくらいの強さで鳴らすべきかでさえ、演奏者が考えなければなりません。一つの旋律が複数の楽器に切れ切れに分配されている場合、それが一つの旋律を構成していることも演奏者は意識している必要があります。まあ、たくさんそんなことがあるので、「この作曲家はどう考えていたのだろうか」という方程式を解いておく必要があるのです。
 
少人数の合奏の場合、合議制をとることもありますが、オーケストラだと収拾がつかなくなるので、一応指揮者の解いた解で演奏するわけです。千秋君も最初は管楽器の男の子に嫌がらせをされたように、指揮者が尊敬されていない場合、全然指揮者の解が実現できず、ひどい演奏になります。

作曲家にひれ伏す、というのはニュートンの万有引力の法則に支配されるのとは違うようです。大作曲家の作曲した名曲というのは、いっていみれば建築家の書いた建物のスケッチのようなものでしょうか?平面図や各部屋の見取り図、とか、木造在来工法くらいの指示はあるけれど、これを実際の建物にするのには、工務店で実際にどうやって建てるかをじっくり考えなければならない。演奏家としては、このスケッチは建てるに値するのだろうか、ということをまず考えてしまいます。二流の作品だと、方程式を解いているうちに「解なし」となって放り出したくなることがたびたびです。

Posted by: はかせ | December 20, 2006 at 09:59 PM

私は、楽譜と言うのは「完全な設計図」だとばかり思っておりました。MIDIにすれば、すぐ音楽になるようにと。
建築に例えるなら「材木の切り方、接合の仕方まで含んだ詳細な設計図」だと思っていました。

楽譜が「スケッチ」程度の荒いものなら、確かに演奏家や指揮者がどう表現すべきかを考え、それを反映する必要性も、逆にそこに独自の芸術性を入れ込む余地もあるわけですね。

う~ん、やはり私は音楽の事は何も判っていないのですね。改めて自分の無知を知ります。

今までは、せいぜいCDを聴いて、音楽を楽しんで居た程度でしたが、指揮者や演奏家が、どのように曲を解釈するなり、独自性を居れるなり、そう言ったことを気にして、音楽を聴こうかな・・と言う気になってきました。

本当は「自分でも演奏を・・・」と言いたいところですが、それこそ幼稚園の頃、オルガン(ピアノでは無い)を挫折してから、楽器演奏からは全く遠ざかっています。今でも「楽器演奏は・・」と言うところは、幼少期の体験が潜在意識下で拒否反応しているのかも知れませんねえ。

Posted by: 野田篤司 | December 23, 2006 at 10:16 PM

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上野樹里完璧主役編。 演奏後の階段のシーン、演出も脚本も普通なぶん上野樹里の演技っぷりが光った。こんな表情もできるとは。別人かと思った。 主役のアップを交互に映す演出は月9は飽きず よくやるよなあとか、いつ見ても旭化成のCMは気持ち悪いなあとか。 感想リンク ... [Read More]

Tracked on December 20, 2006 at 12:04 AM

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